第10話 契約

じっとこちらを見据える蠱惑的な瞳は何を考えているかわからなくて、緊張で体が強張った。



「六つの時に両親を亡くして、父の友人の家で四年間お世話になりました。その後その方の紹介もあっておもちゃ屋で住み込みで働かせてもらっていました」



大抵は同情されるか親のいない子どもだと卑下する視線を向けられるけど、この人は「それで?」と何でもないように話の続きを促した。

 そんなラフィネさんをまじまじと見ていると、彼は僕を見てふっと笑みを浮かべ伏し目がちになった。



「…ああ。可哀想に、などと同情した方がよかったですか?」


「いえ。ただあなたのような反応をされるのが珍しいなと思っただけです」



変に気を遣われないのはありがたいというか、心地がいい。



「ですが店主が店を閉めることになって、新たな働き口として噂で聞いたというロン・ドルミールのことを教えてくださったんです」


「ほう」



居住まいを正した彼は「ところで」と、興味深そうに尋ねてきた。



「馬車の車輪を直したと聞きましたが、以前働いていたその店では物作りを?」


「ええ。まあ手伝う程度で基本は接客でしたけど、出来なくはないです。細かい作業、好きですし」



彼は楽しそうに何度も頷く。



「ならすぐにアトリエに入れそうですね。ただ…」



困ったように手を頬に当てた。



「知る人ぞ知るといった店なので、仕事を手伝わせて差し上げたくてもなかなかそうタイミングよく人が死ぬわけじゃありませんから。仕事が入ったら少しずつ教えますね」



依頼の入らない時はこの町の観光でもして来たらどうかと提案されたけど、断った。



「掃除や洗濯といった雑用なら何でもしますから、必要な時は言ってください」


「魔法で簡単に出来るのでさほど困ってはいませんが、まあ何かの折にはお願いします」



テーブルに肘をついて指を絡ませたラフィネさん。



「先ほども話した通り、一件当たりの依頼でかなりの額が入ります。そこで、その三分の一を君の給料に当てようと思うのですが、どうでしょう?」



彼とパトリシアさんのやり取りでそれがどれほどの額なのか、三分の一と言ってもそれが大金であることを一瞬で理解する。



「多すぎますよ」


「と、言うと思ったので提案です」



彼は僕に店番、契約内容の交渉の立ち合い、自分と一緒に金銭の受け取りなんかもこなしてほしいと言う。それには字の読み書きや数字の計算がわからないといけない。

簡単な計算くらいならモルガンおじさんに教えてもらったから出来るけど、額が増えれば話は別だ。

 雇用を取り消されるかもしれないと思いつつ、学がないことを正直に明かす。



「雇う身としては、君に最低限の読み書き計算を要求したいのですが…それは問題ないでしょう。君は学びたいと思っているようですし」


「なぜそれを…」


「パトリシアのお宅で勉学に励むシャルロットを睨めつけていたでしょう」


「睨みつけてなんて」



「冗談はさておき」と彼は空になった皿を宙に浮かせて隊列を組ませ、キッチンへと浮遊させながら契約書をテーブルに出した。



「私は報酬の三分の一を君に渡します。君はその半分を私に払って学を得る。いい条件でしょう?」



実質もらえる額は全体の六分の一。それだって僕からしてみれば多すぎるくらいだ。これに加えてラフィネさん直々に勉学も教授してもらえると言うのだから僕にとっては夢みたいな話だ。

 けど、気になる点が一つあった。



「こういうことはきちんとしておきたいので単刀直入に伺いますが、一月そして年間でどれくらいの依頼を請け負っていらっしゃるんですか」



きょとんとしていたラフィネさんは快活に笑い出した。



「君は悪徳商法に騙されなさそうですね」


「僕に何かあれば育ての親にもおもちゃ屋の店長にも迷惑をかけてしまうので」



僕が子どもだから。



「そうですね…一月単位では何とも言えませんが、年間で十数件の依頼が来ます。頂く額はこちらで調整しているので安定はしていますよ」



嫌な顔一つ見せず、寧ろ浮足立ちながら金の話をするラフィネさん。こっちが素だな、この人。



「なら年毎に給料をもらって、その半分を一括でラフィネさんにお支払いするかたちになるということですね?」


「ウィ。食費や住まい代もその支払いと込みにして差し上げますからご心配なく」



手元まで浮遊してきた契約書に突如出現したペンを取る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る