第7話 デュボワ宅
明り取りから差し込む光に目を擦る。
どうやらあの後眠ってしまったらしい。アトリエ内を見回すと、ラフィネさんもあの額縁もない。
肩からずり落ちる毛布を気にする暇もなくアトリエを飛び出る。
カウンターには額縁を見せるラフィネさんと、それを大切そうに手に取るパトリシアさんの姿があった。このカウンターは作品や報酬の受け取りのためにあるようだ。
「父が遺した手紙、そして先に結ばれていた契約書通りのお代をお支払いしますわ。父もおばあ様も代々こんな素敵なことをお願いしていたのなら、みんな私にも教えてくれたらよかったのに」
「みなさん秘密主義…と言うより、後に遺す家族がこれを見てどんな顔をするかといったご様子でした。人を驚かせることがお好きな方々なのでしょうね」
「ラフィネさんも水臭いじゃありませんか」とパトリシアさんは頬を膨らませている。
ラフィネさんも少女を諫めるように「守秘義務があるので」と笑っていた。
楽し気に交わされる会話にそぐわない額の紙幣が目の前でやり取りされていて、卒倒しそうになる。
「あらスヴニール君?」
こちらに気がついたパトリシアさんとラフィネさん。彼は口元に指を当てて怪しげな笑みを浮かべている。
「ボンジュール、スヴニール。良い夢は見れましたか?」
門の前までパトリシアさんを見送ろうと外に出ると「そうだわ」と何かを思いついたらしい彼女に自宅へ招かれた。ラフィネさんの作った額縁を飾るのを見てほしいとのことだった。
気が遠くなるほど立派な屋敷に緊張しながらお邪魔すると、二人の娘の下の子だと思われる女の子が彼女に抱き着いた。
「あらあら、どうしたのシャルロット」
「お勉強いやっ。シャルロットお外で遊びたい」
「また家庭教師の先生を困らせているのね。お父様にご報告しないといけなくなってしまうわ。その方が嫌でしょう?」
「でも…」
指をもじもじ動かして泣きべそをかく彼女の頭をパトリシアさんは優しく撫でた。
「ちゃんとお勉強出来たら三時のティータイムにケーキを焼いてあげるから」
「本当?。じゃあ頑張る」
満足そうにそう意気込むと、そこで僕らの存在に気がついたと言わんばかりに母親から慌てて離れる。僕らの前に一歩出てスカートを摘まむと恥じらいながら少しかがみ、パタパタと部屋に戻って行った。
「お恥ずかしいです。きちんと挨拶も出来なくて」
「お気になさらず。可愛らしくていいじゃありませんか」
パトリシアさんは困り顔のまま「こっちですわ」と案内してくれた。
廊下を進む途中、先程シャルロットと呼ばれる女の子が入って行った部屋の扉が半分ほど開いていて中の様子が見えた。
山積みになった本に囲まれて筆を握る彼女、じっと見ているとパトリシアさんに声をかけられて、前を歩く二人に急いで追いつく。
「私の一族は親戚も含めて絵の才に恵まれていまして、代々当主が死ぬ前に自身の自画像を描いているんです」
その絵の額縁をラフィネさんが作っていたことは今朝まで知らなかったと話す彼女。受付でラフィネさんと彼女が話しているのを少し聞いていたから事情は何となく理解しているつもりだ。
パトリシアさんは廊下に並ぶ歴代当主たちの前を、彼らの過去に思いを巡らせるようにゆっくりと通り過ぎながら、まだ何も飾られていない壁の前で立ち止まった。
「少々お待ちくださいね」
彼女は別室から絵を持って来ると、額縁に丁寧に入れて壁に掛けた。
「素敵。他の当主の物とデザインが全く違う、世界でたった一つの合作。ラフィネさん、どうもありがとう」
「それほどではありますが」
謙遜しないのかこの人は。
パトリシアさんはそんな彼を見て「面白い方ね」と上品に笑った。
「ですが合作だなんて。あくまで主役は絵ですから」
パトリシアさんは、反対側の壁にかかっている絵の数々を眺めていた僕に「この前のお礼と思って。受け取ってくれないかしら」と一枚の絵を差し出した。
「これは…僕?」
「そう。馬車の車輪を直すあなたの姿が一流の職人さんの背中みたいでかっこよかったから」
「パトリシアさんが描かれたんですか」
「一応画家一族の娘ですから。でも代々の当主が描くものに比べたら全然…」
「そんなことないですッ」と、思わず強く否定する。
「こんなに素敵に描いてもらえるなんて…僕は幸せ者です。メルシィー、大切にします」
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