Magasin antiquite long・dormir 骨董品店ロン・ドルミール
第6話 魅入られて
屋敷の門は背の低い僕からすれば高く、ラフィネさんにとっては腰の高さほどのものだった。見上げると店の名前の入った白い看板がかけられている。
そこを抜けると、先程まで真っ暗で見えなかった場所に、辺り一面黒で統一された花畑が見えた。よく見ると左手は黒薔薇、右手は黒いチューリップで道を隔てて種を分けられて植えられているようだ。
馴染みやすい木目調の扉に手を掛けたラフィネさんは、僕を試すような目つきで見下ろした。
「君のような幼い少年には荷が重いかもしれませんよ?」
固唾をのみ、開かれた扉の中へ恐る恐る入る。壁は深い焦げ茶色で、同じような焦げ茶のテーブルに作品が展示してあった。品物は全てオフホワイトで統一されている。
「少しここで待っていてくれますか。すぐに戻ります」
そう言ってラフィネさんは僕を残して別室へと消えた。
展示されている物が気になり近くまで歩み寄る。砂時計や双眼鏡、万年筆に、中に生地が張られたジュエリーボックス。カフスボタンやネクタイピン、日傘の骨組みなんかもある。床にベタ置きの物ならトルソーさえあった。
どれも落ち着いた白でところどころ茶色く霞んでいた。なるほど、使っている素材でアンティークのような深みが出ているのか。これを全部あの人が作ったのかな。
「お待たせしました。これに着替えてください。そんなに汚れてしまった装いでアトリエに入られてはたまりません」
柔和な笑みの欠片すら見当たらず、先ほどとは打って変わって冷ややかな印象だ。けど心にもない笑顔を浮かべられているより無表情の方がよっぽど好感を持てる。
綺麗な顔立ちの人は無表情だと怒ってるようにも見えることがあるけど、この人の場合は精巧に創られた等身大の人形のように表情が全くない。
並んだ作品と同様彼にも魅入られて、ぼうっと彼の所作を目で追っていると、不意に視線すらこちらに向けず声をかけられた。
「一度仕事の様子を見せて差し上げるので、それから働くかご決断された方がよろしいかと」
カウンターには電話機や羽ペン、花が活けられた花瓶が置かれていた。横には扉があり、その扉の前で釘を刺すように白手袋を手渡された。
「一つ、吐かないでください。二つ、意識を飛ばしたり倒れたりしないでください。面倒なので。約束出来ますか」
「はい」と言わざるを得ない凄みだ。目鼻立ちの整った顔で睨まれると尚更怖い。
扉の向こうは独特な香りがした。室内を見回し、部屋の中空を見上げて思わず口を押える。僕の視線を追って彼は納得したように「ああ」と呟いて、何でもない風に視線を落とした。
「あの方は別の依頼です。お気になさらず」
肉体がほぼ焼かれて骨が露出している人が、宙に浮いた状態で炎に包まれていた。
作業台と思しきデスクの上にも人骨が置いてある。
聞きたいことは山ほどあったけれど、彼が別のデスクの傍に腰かけたのでその横に立つ。
ラフィネさんはパトリシアさんの父親の遺骨を丁寧に箱から取り出し、細かく砕いて別の形に加工していった。
加工を終えてから三時間ほど経った頃
「額縁ですか」
「ウィ」
夕日、そしてあの丘に沢山咲いていたシロツメクサがあしらわれた素敵な額縁。その全てを、目の前でラフィネさんが彫っていた。無駄な動きの一切ない優雅な手つきを見ていると、手にしているそれが人骨だということも胃のムカつきも忘れて目が離せなかった。
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