第5話 ようこそ、骨董品店ロン・ドルミールへ

「久しぶりですね、パトリシア。嗚呼失礼、今はデュボア夫人と呼ぶべきでしたね。こんなに立派な女性になられたのですから」


「ボンジュールラフィネさん、来てくださったんですね」


「君の親族が亡くなられたと知らせを受けた時には必ずご挨拶に伺っていますよ」

わかりやすくはしゃぐパトリシアさんはまるで少女の様だった。


「前にお会いしたのは確かおじい様が亡くなられた時ですから…二十年前くらいかしら?」


「君が十七の時でしたからそうなりますね」


「他の親族が亡くなっても、お腹に娘がいたり娘が小さかったりしてお葬式には行けませんでしたから。久しぶりにお会い出来て嬉しいわ」



紫紺のハットにベストスーツ、白皙で痩身。どこか中性的な印象があるけれど、手足のサイズや骨格が男性であることを物語っている。



「あ、ラフィネさんご紹介しますわ。彼はスヴニール。馬車を直していただいたんです。ロン・ドルミールへ向かう途中だと言うのでここまで一緒に」


「ボンジュール。ご紹介に頂りましたスヴニールです」



にこやかな表情をしているけれど、何を考えているのかがわからなくて物怖じしそうになる。



「じ、実はロン・ドルミールで働かせていただきたくて、故郷を離れて今朝この町に到着したところでして…」



一瞬驚いたようにも見えたが、すぐに彼は柔和な笑みを浮かべてパトリシアさんに向き直った。



「そうでしたか」



華麗なまでに、清々しく、無視された。

 子どもなんて、普通相手にしてくれないよな。

 愕然としながら靴先と足元に咲くシロツメクサをじっと見ていると、火葬が終わるまで自分の馬車で待つようにと唐突に言いつけられた。「はい」と答えるのが精一杯で、彼の営む骨董品店がどのような店なのか、自分のようなこんな子どもを雇ってくれるのかなど疑問に思っていることを聞くことは叶わなかった。



―――――



 日も暮れた頃、足元に群衆で咲くシロツメクサを所在なくつま先でつついていると、暗闇の中からラフィネさんが何かを持って現れた。少し遅れてランタンを持ったパトリシアさんもやって来て、彼女は馬車に乗り込む彼を見上げた。



「お父様をよろしくお願いします」


「ええ、お任せを」



状況が上手く呑み込めずにいると「彼女にお礼を言わなくていいのですか」と視線をこちらに向けられ慌てて帽子を外す。



「ここまで連れて来て頂いて助かりました。えっと、メルシィーデュボア夫人」


「いいのよ。それに…ふふ、呼び方パトリシアのままでいいわよ、今更言い難いでしょ。またねスヴニール君」


「はい、また」



馬車を走らせるラフィネさんの代わりに、小さくなっていく彼女が見えなくなるまで手を振り返す。

 ラフィネさんと僕を乗せた馬車は森の中を、奥へ奥へと進んで行く。

沈黙が怖くて、ラフィネさんが僕との間に置いていた箱について尋ねてみることにした。



「あの、この箱の中にはパトリシアさんのお父様の遺骨が入っているんですか」


「そうですよ」


「なぜ、貴方が?」


「…次期にわかります」



再び沈黙が訪れる。

 夜の森だというのに、獣の一匹も見当たらない。マルクさんの家に厄介になる前に家族三人で住んでいた家の近くに広がっていた森と違って空気が澄んでいるし、霧のかかっていないこの森ではよく目を凝らせば木にフクロウさえ見つけられた。

 そんなことを考えていると、馬車を引く馬たちがゆっくりと足を止めた。



「森に興味があるようですが、もう着きましたよ」



馬車を下りて彼が下りた反対側へ回ると、ひっそりと建つ屋敷があった。

 ぼんやりと照らされた大きい屋敷の壁には、ランタンの中の炎の光で大きくなった僕らの影。それは揺らめいていて、まるで屋敷が生きている闇に纏わりつかれているようにも見えて少しだけ恐ろしかった。



「ようこそ、骨董品店ロン・ドルミールへ」

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