第4話 店主について
「パトリシアさんはロン・ドルミールをご存じなんですか?」
馬車に揺られながら問う。
「そう呼ばれる骨董品店があることは知っていたわ。けど、お店のことはよく知らないの。そこの店主さんとは昔からのおつき合いなのだけれど」
どんな店主か尋ねると、彼女は可笑しそうに笑った。
「ラフィネさんと言って、昔は今から向かう丘の麓の葬儀屋さんで働いていたらしいわ。私の一族は代々彼に火葬とかもろもろをお願いしていたみたい。今は自分のお店を営んでらっしゃるのよ」
パトリシアさんの話によると彼は年齢不詳らしい。なぜなら…
「私が子どもの頃ひいおばあ様が亡くなられたのだけれど、その時と噂で聞く今の彼の容姿が全く変わってないの」
「え?」
「可笑しいと思うでしょう?、でも本当よ。噂だとあの氷山の向こうからやって来た魔法使いが人間のふりをしているんじゃないかって話。お国はなぜか嫌っているようだけれど、素敵だと思わない?」
彼女の御伽噺のような話についていけず呆気にとられていると、「あら、知らない?」と不思議そうに首を傾げられた。
魔法使いが実在するということも、氷山もその向こうの国のことも生まれて初めて聞いたと正直に話すと凄く驚かれた。
パトリシアさんは親切な人で、無知な僕にそれらの話を事細かに説明してくれた。
「数千年前に大きな戦争が起きるまでは魔法使いと人間は一緒に暮らしていて、終戦後魔法使い側が一つの大国を二つに分かつ氷山を出現させたということですね」
話を簡潔にまとめて確認すると、彼女は両手を合わせて微笑んだ。
「順序もバラバラで自由に話しちゃってたのに、よくまとまってるわ。スヴニール君は賢いのね」
「いえ、僕は学がないので。パトリシアさんの話し方がお上手なんですよ」
学がないことは密かにコンプレックスだったけれど、自力で学ぶには時間もお金もない暮らしをしてきたから、半分諦めていた。
「今でも時々攻め込んだり攻め込まれたり、争いは絶えないのだけれどね」
魔法使いが攻めてくると通たちがあると、彼女は家族と共にもっと都会にある本邸へと避難するのだそう。
「それなのにこの町に別荘を?」
「だって氷山がとっても素敵だから。それに自然豊かなこの町で娘たちを感性豊かに育てたくて出来るだけこっちにいるのよ」
この町は確かに空気が澄んでいて、故郷よりもっと緑が多い気がする。それにここは主に貧困層が暮らす町ではあるものの、パトリシアさんのような富裕層が多く別荘を建てているからか町の景観や雰囲気も悪くなかった。
「そろそろソレイユ・クシャン・コリーヌに着くわ。夫や娘たち、親族はみんなそこで待っているの」
父親とその一人娘だというパトリシアさんの二人だけで、懐かしい場所を少し回っていたのだと言う。生前は忙しく行きたかったと言っていた列車旅行に行く暇さえなかった父親に、せめてお墓に入る前にと思ってのことだったらしい。
「パトリシアさんのお父様、きっと喜んでいらっしゃいますよ」
「そうだといいのだけど。どうしても生きている時にしてあげたかったと悔いてしまってね」
僕はもう二度と両親に親孝行が出来ない。でもマルクさん一家にはまだ出来る。断られてしまうかもしれないけれど、いつか旅行をさせてあげたいな。
丘の麓に馬車を止め、パトリシアさんは彼女と彼女の父親を待ちわびて集まっていた親族に僕を紹介してくれた。遠慮したのに、パトリシアさんはかなり強引な人だ。
力のある男性陣が彼女の父親の永眠る棺を夕日がよく見える丘の上へと運んでいると、不意に何の気配もなく一人の男が現れた。
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