第2話 新しい働き先
モルガンおじさんの奥さんのお墓は教会の裏手にある。
奥さんに会いに行く前に教会へ車を止め、荷台から降ろした木箱を何往復かして運んだ。
ここの孤児院の子どもたちはみんなモルガンおじさんのおもちゃを心の底から喜んで、木箱の中にこれでもかと詰められたそれを目移りしなら手に取って大切そうに胸に抱えた。
そんな子どもたちの様子を見て微笑むモルガンおじさんを隣で見ていると、なんだか寂しくなった。この人はもうおもちゃを作らないんだと、そんな気がした。
奥さんが好きだったという薔薇。花束と言うにはみすぼらしいそれを持って歩く彼の後について行く。
この町の人間はみんな貧しく、国民の階層で言えば最下層と言っていい。花を買うこと自体この町の人間からすれば贅沢中の贅沢だ。
墓石の前へ「痛たた」とパキポキ膝や腰を鳴らしながら跪くモルガンおじさんの後ろで、僕も帽子を取って彼に倣う。
「……そろそろこの墓は共同墓地になる。子どももいないし、墓の面倒をみられる唯一の夫がこんな年寄りじゃあ仕方がないんだがな」
微笑苦する彼を、なんだか見ていられなかった。
この国は人口が多くその分建物も多い。だから必要とされる墓地に対して、埋葬場所が圧倒的に少ないのは社会問題にもなっている。
モルガンおじさんの話しによれば、墓の管理が難しくなりそうな人には遺骨を共同墓地に移すという一方的な手紙がある日突然届くらしい。埋葬場所が足りないという根本的な解決にはなっていない気もするが、現状はそれでなんとか亡くなった人を土の下に眠らせることが出来ているようだった。
「悔しいな。あいつが喜ぶと思ってせっかく春には薔薇園が見渡せる場所に埋葬したっていうのに。…年寄りは無力だな」
自分が死んだらマルクに後を頼みたいが金がかかるから、と申し訳なさそうに呟いている。
お墓に関しては国が定めている法に必ず従わなければならず、勝手に埋めると罰が課される。
モルガンおじさんのような人の声が国の偉い人にも届けばいいのに。
「…君のご両親は今?」
「森へ撒きました。何しろうちは貧しくてお墓なんて立派な物は作ってあげられなかったので」
「そうか」
教会まで戻って来ると彼は「そうだ」と、何年も着古され擦り切れたジャケットの胸ポケットから、折りたたまれた地図を取り出した。
「新しい働き口、行く当てに困っているならここへ行ってみたらどうだ」
渡された地図の印がついた箇所には〝long・ dormir〟と書かれていた。
「ロン・ドルミール?」
「骨董品店らしい。と言っても、少し他とは違くてな。どうやらそれを作るらしい」
新しく作られた物が果たしてアンティークに当たるのかはわからないけど、そのへんの詳細はモルガンおじさんも噂で聞いたらしくよくわからないと言う。
「お前には物作りの才がある。器用で何でもそつなくこなせるし、何より努力家だ。どんなかたちであっても雇ってくれはするだろう」
「僕なんてそんな…でも、メルシィー。行ってみます」
列車を乗り継いて二日、到着した最寄りの駅からさらに徒歩三時間、この町よりもさらに田舎にその店はあるらしかった。
モルガンおじさんは親切にもトラックで僕を駅まで送ってくれた。教会から駅まで歩いて行こうと思っていたけれど、その申し出は正直ありがたかった。駅までは歩いて一時間どころでは済まない距離にある。
「わざわざ送っていただいてありがとうございます」
「少ないが持って行け」
渡された封筒の中を改めるように促されその場で中を覗くと、そこにはお金が入っていた。
「もらえません、こんなに沢山」
「お前、手持ちもないのに何を言ってる。最後の給料を多めにもらったと思え。まあ大した額じゃあないが…。ああ、それと」
もう一つ別の封筒を渡された。
「マルクからだ」
嫌な予感はしたが、先程と同じくこの封筒にもお金が入っていた。
「マルクのやつ、お前が送ってた金にずっと手をつけずに貯めてたんだと。お前が汗水たらして稼いだ金を使うわけにはいかないと言っていたな。恩返しのつもりなら十分お前には助けられたとも」
働きに出ていたマルクさんと家事が大変な彼の奥さんの代わりに二人の子どもの面倒をみていたことを言っているのだろうか。それなら、厄介になっているのだから家の手伝いをするのは当たり前で、あの四年間の恩は全くと言っていいほど返せていないのに。
「マルクはお前に幸せになってほしいと願っている。いつまでも自分たちのことでお前の足を引っ張りたくないんだ、わかってやれ」
じんと熱くなる目元に気がつき、慌ててそれを拭って頷く。もらった封筒をくたびれた鞄へと大事にしまい、モルガンおじさんに向き直り深く頭を下げ一礼する。
「お世話になりました。どうかお元気で」
「達者でな、スヴニール」
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