Tomber Sur 偶然出会う

第1話 店じまい

「え、お店閉めてしまうんですか」



いつものように閉店準備をしていたモルガンおじさん、もとい店長が弱々しく「ああ」と答えた。



「わしももう年だ。手先も狂うし、それに近頃は目新しいおもちゃが並ぶ店が増えてうちの子たちは連れて帰ってもらえなくなってしまったからな」



モルガンおじさんは自分の作った布製のつぎはぎ人形や木製の列車など、おもちゃを我が子のように可愛がっていた。そんな愛の詰まった唯一無二のおもちゃたちも、ここ数年で流行し始め量産されている機械仕掛けのおもちゃの前では霞んでしまうのか。



「欲しいのがあったら持って行っていいぞ」


「いいんですか?。嬉しいです、ありがとうございます」



お言葉に甘えて、ひとつおもちゃをいただくことにした。店の中には様々なおもちゃが並んでいるけれど、迷わずオルゴールを選んだ。長方形のオルゴールで、側面には奏でられる曲の名前が刻まれている。イストワールと刻まれたオルゴールを手に取って「これを頂きます」とモルガンおじさんに告げる。

 彼の作るオルゴールはどこか惹きつけられる音色で、この店でもかつては人気を博した品物だったそう。

 他の店でも小型蓄音機や沢山の装飾がなされた煌びやかなオルゴールが売られるようになると、この店のごくシンプルなオルゴールは見向きもされなくなってしまった。この店のオルゴールは華美に飾らないことで、奏でられる曲の美しさが際立つように考えられて作られている。僕はそう思っているけれど、オルゴールを買い求めるお客さんたちはそうは思わなかったみたいだ。



「すまないね。マルクにお前を任されていたのに」


「謝らないでください。今まで働かせていただけただけで感謝しています」



六つで両親を亡くし、父の友人のマルクさんの家に四年間お世話になった。マルクさんには子どもが二人いて、どちらもこれからもっともっとお金がかかる時期の僕より幼い子どもだった。あまり裕福とは言えない家庭だったけれど、マルクさんたちは僕を本当の子どものように可愛がって育ててくれた。

 それでも僕自身が、飯食い虫であることをずっと申し訳なく思っていた。十になる頃には自立することを決め、マルクさんの紹介でモルガンおじさんのおもちゃ屋で働かせてもらえることになった。給料の半分はマルクさんに送って、残りのお金は食事や住まいを提供してくれているモルガンおじさんに渡していた。



「これからどうするつもりだ」


「マルクさんにもモルガンおじさんにも迷惑をかけられないので、雇ってくれそうな仕事場を探します」



彼に負い目を感じさせないために笑みを浮かべて答える。しかし、内心では不安でいっぱいだった。子どもを雇ってくれる所を探すのは骨が折れるだろうな。



「モルガンおじさんはどうなさるんですか」



売れ残ってしまった商品を木箱に詰めている哀愁漂う背中に問うと、彼は「わからん」と嘆息交じりに呟いた。



「ひとまず妻に報告へ行く。……お前も来るか?」


「はい」



ここを出て行くための準備をする。大きな肩掛け鞄に少ない荷物を詰め、それを肩から提げる。古くなりしわのよったキャスケット帽をかぶって、くもった鏡の前で少しでも大人びて見えるよう振舞ってみるが、鏡が映すのは残念ながらまだあどけなさの残る少年の姿だった。

 短い準備を終え店の外へ出ると、モルガンおじさんが時々配たちに使っているトラックが停まっていた。運転席に座る彼は、鍵を回してエンジンをかけているところだった。急いで店の階段を駆け下り、助手席へと乗り込む。



「最後に、木箱を運ぶのを手伝ってくれるか」


「もちろんです。教会の孤児院に寄つされるんですね」


「わしの家に居てもな。子どもに遊んでもらえた方があの子たちも喜ぶ」



 モルガンおじさんはトラックに積んだおもちゃたちを肩越しに振り返ると、「よし行くか」と言ってシフトレバーを引いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る