第5話 プラータちゃん

「奥に行きたい? それとも、内側がいい?」


「奥に行きたいです」


 僕は黄色髪の少女を奥の席に座らせる。


 黄色髪の少女が席に座ったあと僕は内側の席に座り、黒卵の入った革袋を膝の上に乗せた。

 すると、僕たちを待っていたかのように列車は動き始める。

 木製の窓から見える景色が流れていくのを少し眺めていると、少女が僕に話しかけてきた。


「あの、さっきは助けてくれてありがとうございました。お礼をすぐ言いたかったんですけど、列車が出てしまいそうだったので、そっちを優先してしまいました」


「いいよ、お礼なんて。実際、ほとんど守れてなかったし……」


「いえ、今、私は生きてるんですから、お兄さんに助けてもらったんですよ。えっと……自己紹介はまだでしたね。私の名前はプラータ・アルロスと言います」


 黄色髪の少女はつむじが見えるほど頭を下げてお辞儀してきた。


「ご丁寧にどうも。僕の名前はキース・ドロ……じゃなくて、キース・ドラグニティ。よろしくね」


「はい、キースさんですね。覚えました」


 プラータちゃんは、屈託のない笑顔を僕に見せてくる。髪が黄色いせいか笑顔が光り輝いて見えた。


「えっとプラータちゃんはどうして駅にいたの? 服装からして王都の人じゃないよね」


「はい、私はルフス領の出身です。家の近くに咲いている三原色の花を摘んできて、列車が止まる場所でお花を売ってお金を稼いでいるんです」


「凄いね。プラータちゃんはいったい何歳なの?」


「一〇歳になりました」


「一〇歳……。その歳でお金を稼いでいるんだ。偉いな、僕とは大違いだ」


「いえ、ルフス領では当たり前ですよ。私くらいの子いっぱい働いています。それくらい生活が厳しいんですよ。キースさんみたいに、綺麗な服を着ている人は領主様とお屋敷にいる付き人くらいしかいません」


「そうなんだ。なんかごめん……」


「いや、別にキースさんを妬んでいるという訳じゃないんですけど」


「そうなの? でも、商品の花を守れなかったよ」


「まぁ……それは仕方ありませんよ。元々原価はありませんし、ルフス領から王都までの間に結構売れましたから。と言っても家族が一〇日間、食べられるくらいですけど。本当は帰る時にも、同じくらい稼ぎたかったですが……」


 プラータちゃんは靴を脱いで木の座席に引き寄せる。小山座りの体勢になり縮こまった。


「家族が食べ物を一〇日間得られるようになるには、いったい、いくらいるの?」


「銀貨四枚です。私を含めて五人家族なので、私を除いて一日銅貨四枚必要なんです。パン一個と育てた野菜を食べています。私は列車の駅員さんから食べ物を朝と夜の二回貰って食べられるので、親元から離れてお仕事をしています。会えるのは二〇日に一回くらいですけど、餓死しちゃうよりはマシなので、我慢してお金を稼いでいます」


 ――あまりにも不憫だ。まだ一〇歳なのに、二〇日に一回しか親と会えないなんて。僕からすればシトラと二〇日も会わないのと一緒だ。そんなの辛すぎるよ。


「あの、プラータちゃん。三原色の花を守れなかった代わりに、これを貰ってくれないかな」


 僕は列車の切符を買った時に出たおつりの銀貨四枚を手渡した。


「え……。でも、それはキースさんのお金ですよね。いただけませんよ」


 プラータちゃんは両手を顔の前に持ってきて、掌を僕に見せながら首を振る。


 必死にお金を貰おうとしないので、僕は笑いが少し込み上げてきたが、ぐっとこらえた。

 真剣な面持ちを保ち、プラータちゃんの右手を持って銀貨四枚を掌に押し付ける。開いていた手を包むように握らせて胸の方に押した。


「いいんだ。それはプラータちゃんの稼ぐはずだったお金だよ。僕があの踏みにじられた三原色の花を全部買った。だからそれはプラータちゃんが稼いだお金なんだよ」


 こじつけにも程がある。それでも受け取ってもらいたかった。


 ――成人した僕なら仕事を見つけられるかもしれない。でも、プラータちゃんは違う。まだ一〇歳なんだ。普通は親のもとで一緒に暮らしたいはずなんだ。こんなに頑張っている子が、悲しい目に合うなんて僕は耐えられない。


「う……、うぅ……ありがとうございます。守られたのもお金を貰ったのも初めてです。これで家族がお腹を空かせずに済みます。何かお礼したいんですけど、私は何も持っていないので渡せる物がないんです」


「いいよ、お礼なんて。お礼を貰えるような結果は出せなかった。でも、プラータちゃんが怪我しなくて本当によかったよ。列車と衝突しそうなとき、何が起こったか覚えてる?」


「いえ、キースさんの胸にずっと埋もれてたので、何も見えなかった……です」


 プラータちゃんは少し頬を赤らめながら手をモジモジさせている。


 ――何か恥ずかしかったのだろうか……。


「そう……。何か見えてたら、確証が持てたんだけど」


「あ……そう言えば、何か聞えました」


「え、そうなの。実は僕も聞こえたんだよ。何て聞こえたの?」


「確か『ズルい! 私も主にギュってされたい!』だったと思うんですけど」


「あれ。僕の聞いた言葉と全く違う。どうしてなんだ……」


 さっきの正面衝突を回避できた理由もわからない。

 僕と列車がぶつかる一瞬の間に聞こえた言葉もよくわからなかった。

 『無限』は聞こえたんだけど、あまりにも抽象的すぎないか。

 いったい何が『無限』なんだ。

 黒卵が光ってたのも怖すぎるでしょ。でも、あの卵は腐ってなかったんだ。

 最後の言葉は『4カ月の間、ずっと温めてください』だったかな。そんなの普通出来ないでしょ。ずっと、ってどれくらいなんだ。

 この卵を抱きかかえながら生活してたら仕事どころじゃない。

 でも『温めてください』とお願いされたしな。温めるしかないか……。


 僕は黒卵を包み込むように温める。本当に温まっているかはわからない。


 ほどなくして、夕食の配給がもらえた。パン一個と木製コップ一杯の水。

 本当に寂しい食事だ。

 でも隣で美味しそうに食べるプラータちゃんを見ていたら、僕の食べているパンまで美味しく感じてきた。


 一度では噛み切れないほど硬い黒パンを一欠片ずつ千切りながら口に放り込んでいく。

 味付けの無い、ただの黒パンなのだが、噛んでいるとほんのり甘く感じる。

 

 夜中も列車は走り続ける。


 冷房は無く、八月の蒸し暑い風が少し開いた窓から僕の髪を靡かせた。

 プラータちゃんは僕の肩に頭を預け、眠っている。

 きっと心を許してくれたのだろう。


「お母さん……」


 プラータちゃんは寝言を囁いていた。きっと夢の中にお母さんが出てきているのだろう。

 涙を流しながら右腕に抱き着いてきたので、僕は左手でプラータちゃんの頭を優しく撫でた。

 僕が頭を撫でて何か変わるわけでもないが、そうしたくなった。夢の中で家族に会えたのなら、泣かずに笑って欲しい。そう思ったのだ。


 撫で終わった僕は親指の腹でプラータちゃんの目尻からこぼれる涙をぬぐい、握り締める。

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