第4話 無色魔法
「あぁ……、ふざけんなよ。よくもまぁ、俺が一番気にしているところにねじ込んでくるなぁ無能がよぉ。丁度いい、グチャグチャになって死んでもらうか」
「え……」
フレイは右足を大きく後ろに上げた。何かを蹴る体勢。
――いったいここで何を蹴るんだ。ってどう考えても僕達か。
「じゃあな、ゴミ共!!」
この状況でも誰一人として、助けに入る人はいなかった。
僕は最後の力を振り絞って、痛みが全身に走る中、少女を庇う。
「がはっ!」
僕はフレイに横腹を蹴られ、少女と共に地面から浮き上がる。
あまりの痛さに気絶しそうになりながらも右目を少しだけ開けた。
さすが勇者の蹴り。体が宙を舞い、視界は回転して全く安定しない。
少女は体が宙に浮き恐怖に苛まれたのか僕にしがみ着き、ともに空中を舞っている。
魔力で動く列車が駅に向かって来ているのか、車輪とレールの摩擦音を高らかに響かせていた。
今、僕たちはフレイに蹴られて宙を舞いながら線路の上空に飛び出ていた。
手と足がどこにも触れられない状態のまま空中を未だ漂っている。
僕はどうやっても列車との衝突を回避できない状況だと、数秒の間に察する。
線路に向って落ちていく僕たちと減速しているもののすぐに止まれない列車の距離は既に五メートルを切っていた。
僕たちの目の前に現れた巨大な木と鉄の塊が未だにものすごい速度で近づいてきている。
死を……感じた。
あと一秒もしたら僕の体と少女の体は列車に衝突しバラバラになる。きっと一瞬の死によって痛みは感じないだろう。それでも最後まで僕は少女を守ろうとギュッと抱きしめた。
「ハハハハハハ! 死ねえぇええ!」
フレイの叫び声と共に、別の声が脳裏によぎる。
≪無色の魔力、適合率一〇〇パーセント≫
――な、なんだ……。
≪逃れられない死の恐怖を体験したと知覚。無色魔法:『無限』を取得しました≫
――いったい、何を……。
≪現在、主の体内に溜められている無色の魔力をすべて使用し、無色魔法:『無限』を発動します≫
――訳が分からない。いったい何なんだこの声……。どこから聞こえているんだ。
≪『無限』の対象、列車と主の空間。また、空間収縮による反発後、主と地面の空間≫
僕の頭の中で聞き覚えの無い声が次々に響く。
列車と衝突する瞬間、僕の目の前に輝く卵が見えた。
「ぐ!」
痛みを堪えようと両目を瞑り体に力が入る。そのまま、何かに押される感覚を得た。
「あはははははははは! 完全に死んだな!」
「うぅ……。すみません……。すみません……」
☆☆☆☆
――どうなった……。いったい何が起こったんだ。
僕は何の痛みも感じず、閉じていた瞼を開く。すると、僕にぎゅっと抱き着き、未だに震えている黄色髪の少女の姿があった。
「よかった、無事だったんだ」
「うぅ……。え、ここはどこですか。い、いったい何が起こったんですか」
「それは僕にもわからない。えっと……痛い所とかない?」
「え……。あ、はい、無いです」
僕は少女が無傷なのを確認した後、辺りを見渡す。
眼に映ったのは鉄の線路とバラスト(大粒の石)、少し遠くに僕が乗るはずだった列車が見える。誰もこちらに歩いてくる様子はない。
――人が撥ね飛ばされたのに、無視を決め込むなんて。いったいどういう感覚なんだ。僕が一般人だからか、白髪だからか、いや……勇者に歯向かったからだな。
「あ、あの……苦しいです」
黄色髪の少女は僕の胸に手を置き、小さな声で呟いた。
「あ、ごめん。力が入りっぱなしだった」
「あの、列車に早く乗らないと列車がルフス領にいっちゃいますよ」
黄色髪の少女は無傷だとわかるや否や、今の状況を察したのか、指先を列車に向ける。
「そうだね、移動しようか」
僕は黄色髪の少女と共に、その場に立ち上がる。
――えっと卵、僕の非常食の黒卵はどこに行った。
僕は列車とぶつかる瞬間も紐を握っていたはずなのだが右手からは消えて無くなっていた。
辺りを見渡して探していると、
≪すみません……助けてもらえませんか……≫
「え、まただ。いったいどこから……」
≪あの……石の中に埋まっているので、助けてもらってもいいですか≫
「石の中……」
僕は、辺りの黒い石を入念に見て回る。すると、革袋を発見した。ただ、先ほどと違い、革袋が淡く光っている。
「あ、あった。僕の革袋。え……なんか光っているんだけど、どうして光っているんだ」
≪あ、ありがとうございます。主の魔力が切れてしまいましたので、そのままギュッと抱きしめていてください≫
「え……、いったいどういう意味?」
≪えっと……もう魔力が無くなるので……念話できなくなります。私を四カ月の間……ずっと温めてくださぃ……。すぴぃ……≫
「なんか、声が聞えなくなったんだけど」
黒卵から発せられていた光は消えた。
それと同時に聞こえていた声まで遠のいていく。
「あの、さっきから誰と話しているんですか?」
黄色髪の少女は首を傾げながら僕に質問してきた。
「あ……いや、何でもないよ。ちょっとこの後どうしようか考えてたんだ」
「それなら早くあの列車に乗りましょう。もう出発してしまいます」
「そ、そうだね、急ごう」
僕は黒卵が入った革袋を抱えながら、少女の手を取って線路の上を走る。
――何で助かったんだ。いったい何が起こったと言うんだ。いや……今はそれよりも早くあの列車に乗らないと。
僕は黄色髪の少女を一番ホームに押し上げる。そのあと、僕は懸垂するように何とかよじ登った。体を鍛えていなかったら難しかったかもしれない。その間、体の痛みがいつの間にか消えていると知るも、理由はわからなかった。
僕は列車の開いた鉄製の窓から赤色の勇者がいないか確認する。
「フレイはいないな。値段が高い車両に入ったみたいだ」
「えっと、とりあえず乗らないと出発しちゃいます。急ぎましょう」
「あ、うん……」
――あんな目に合ったのに凄い冷静だな、この子。最近の若い子はこんなに立派なのか……。
僕と黄色髪の少女は丁度隣り合わせで空いている席に座る。
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