第3話 勇者のありさま

「すみません。お花を買いませんか?」


「え……」


「三原色の花、銅貨一枚です。買いませんか?」


 僕に話しかけてきたのは身長が一四〇センチメートル程度で無地のロングシャツを着ている可愛らしい女の子。


 服の色はシャツが汚れているので分かりにくいが、所々に黄色の名残があるため元は淡い黄色だと思う。

 ショルダースカートの色は赤茶で、使い続けているのか継ぎはぎだらけ。

 髪は黄色のロングヘアー。細く滑らかな髪質でとても上品だった。

 髪色が黄色のため、魔力の原色はイエローなのだろう。

 顔は、人形のように整っており頭を撫でてあげたくなるほどに愛らしい。

 そんな女の子に花を買ってほしいと頼まれたのだ、断るのも悪いと思い買おうと決めた。


 丁度僕は金貨を使ったため、銅貨を数枚貰っている状況だったのが大きい。


「いいですよ。三原色の花を一本ください」


「ほんとですか! ありがとうございます!」


 僕は少女から三原色の花を買った。

 三枚の花弁が綺麗に咲いている。


 色はそれぞれマゼンタ、シアン、イエローの三種類だ。凄く懐かしい。


「あれ? 花の色が変わらないんですね」


「僕は原色の魔力を持っていないからね」


「え……。そんな人いるんですか。でも確かに、白髪なんて初めて見ました」


「はは……。お爺ちゃんみたいだよね」


「そんな、お爺ちゃんの白髪より、お兄さんの白い髪の方がつやつやして輝いてますよ」


「そう言ってくれるとなんか嬉しいな。ありがとう」


「いえ、私、優しい人はみんな大好きですから」


 少女は屈託のない笑顔を僕に見せてきた。


「それじゃあ、私は他の人にも売ってきますね」


「うん、頑張って」


 少女の私情は知らないが、頑張って生きているのは凄く伝わってくる。


 ――あんなに小さな子が頑張って生きているんだ。僕も頑張って生きないと大人として恥ずかしい。


「きゃっ!」


 すぐ近くで先ほどの少女の声が聞こえた。


「おいガキ! いったい誰に話しかけてんだよ! 俺は赤色の勇者だぞ。俺の鎧に泥でもついたらどうするつもりだ!」


「す、すみません……」


「赤色の勇者様。子供のした過ちですから穏便に……」


「うるっせえ! 俺はガキと田舎臭いやつが大嫌いなんだよ! このガキを見ろ。どう見ても田舎のガキじゃねえか。あぁあああ、虫唾が走る」


「うぅ……」


「泣いてるんじゃねえぞガキ! そのきたねえ面を見せるな!」


 ――な、何だ。いったい何が起こっているんだ。


 僕は人の隙間を抜ける。

 そのまま一人の男を中心に人込みがぽっかりと開いている場所に向う。


「な!」


 少女は赤色の勇者に踏みつけられていた。


 バスケットに入っていた三原色の花はばら撒かれ、多くの人が拾わずに何も見ていないかのような表情を浮かべながら踏んでいく。

 こんな状況なのに、周りの人は少女に見向きもしない。近くにいる者は迷惑そうな視線を向けている。


「なんで、誰も少女を助けようとしないんだ……」


 唯一、動いていたのはフレイの隣にいる女騎士だった。

 何とかフレイを宥めようと語りかけている。

 それでもフレイは少女から足を一向に退けない。


「くっ!」


 僕は人ごみから抜け、フレイの足に体当たりした。


「あ? なんだぁ……お前」


「その子から足を退けてください……。痛がっています」


「いっちょ前にスーツなんか着やがって。あ? まじか白髪かよ。使えねーから捨てられたか。あ~ボンボンなのにかわいそうなやつ。というか俺の鎧に汚い埃を付けやがって……。毎回磨くのに二時間使ってんだぞ。おい」


「グぅ……あ、熱いっつ!」


 僕はフレイに手を翳され、熱波を放たれた。

 どうやらただの赤色の魔力を放たれただけだが、僕が原色の魔力を持っていないため、ただ魔力をぶつけるだけで鎮圧される。


 ――でも、少女から足を離させられた。このまま終わってくれれば……。


「あ~ガキが苦しそうに這い回ってやがる。ゴキブリみて~で気持ちが悪いな!」


 フレイは再度少女の顔を踏みつけようとした。

 その一瞬、僕に放っている熱波は弱まり、動けた。


「はあぁ! ぐ!」


 僕はフレイに背中を思いっきり踏みつけられる。

 少女を四つん這いでギリギリ庇えたが、背中があまりにも痛い。


「あ~ガキを踏みつぶそうと思ったら。ボンボンの無能を踏みつぶしてしまった~。だが、どっちも社会のゴミだしいいよな~。な! ルフスギルドのギルド長さんよ!」


「く……。はい……」


 ――何で僕がこんな状況になっているんだ。卵までちゃんと持ってる。過保護だなほんとに……。


「お、お兄さん……。大丈夫ですか」


「うん、背中を踏まれるくらい問題ないよ。股間を強打されるよりましだから……」


 少女は僕の発言を理解できなかったようで、泣きそうな表情のまま、固まっている。


「ああ……。女の子に言ってもわからないか」


「何ごちゃごちゃ言ってんだよ!」


 フレイは僕の背中を何度も何度も踏みつけてきた。


 僕は背中が痛すぎて息が出来ない。

 そのまま、四つん這いを維持できなくなるほど蹴られ続け、少女に抱き着くような形になってしまった。

 きっと卵臭いだろうに……申し訳ない。


「おいおい! もう限界かよ! まだ一割も力出してねーぞ。やっぱ魔力を持っていないやつは無能だな!」


「ぐ……」


「無能も、貧乏なガキもこの社会にとってはどっちも要らねえ。何で王都のど真ん中でこんな奴らに合わなきゃならねえんだ! 俺は今からルフス領に行って美人な女と遊ぶんだよ! せっかくのいい気分が台無しじゃねえか!」


 勢いのある蹴りが背中に打ち込まれ、何か鈍い音が鳴った。肋骨が折れたのかもしれない。


「ぐぐあぁぁあああ……」


 僕の体に痛みが走り、息がさらにしづらくなる。


「赤色の勇者様、これ以上は……」


 女騎士がフレイを止めているようだった。


「あ? 誰のおかげでルフス領が栄えてると思っている。ここ数年の間、赤色の勇者が現れなかったところにこの俺が現れた。無法地帯だったルフス領を救ってやったのは俺だぞ。おい、もう1回何か言ってみろよ……。俺は何か悪いか?」


「い、いえ……。何も、悪くありません……」


「だよなぁああ! おら! おら! おら! おら!」


 ――やばい……。これ、痛すぎる。もう何本か折れてるんじゃないか。あまりにも痛すぎるんだけど。


「もういいです、お兄さん! このままじゃ、お兄さんが怪我してしまいます!」


「だ……大丈夫。僕は、これくらいしか取り柄が無いから」


「え~間もなく一番ホームに王都発、ルフス領行の列車が到着いたします。赤の線までお下がりください」


 ――や、やった。列車が来た。フレイはこの列車に乗るはずだ。あと少し耐えれば、やり過ごせるぞ。最後に何か、反撃しないと気が治まらない。


 僕はやらなくてもいい反撃を考えた。

 戦いは、たとえ持ち掛けられても反撃してはならない。鉄則なのに……。


「さっきから……この子を田舎者って言っていますけど。貴方の自己紹介文を新聞で読みました。出身地、ルフス領の最東端でしたよね。十分田舎者ですね……」


 ――よし、言ってやったぞ。言葉の暴力は物理の暴力より効くはず。

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