第2話 赤色の勇者

 僕は家を出て、煌びやかな街を歩く。

 どこもかしこも、見渡す限り金持ちだらけ。

 そりゃそうか、ここはプルウィウス王国の王都だ。


 更にど真ん中、すぐ隣に王宮がある。

 そんな場所に金持ち以外がいるわけない。

 すれ違う女性は皆、宝石を何個も装飾されたドレスを着て、優雅に歩く。


 男性はスーツに身を包み、ステッキ片手に紳士を演じる。


 僕はと言えば、スーツ姿に革袋に入った卵を抱きながら足早で歩いている。

 帽子もなければ、杖もない。

 懐中時計も持っていないし、靴だって使い古されてボロボロの状態だ。


 お金持ちの貴族社会は、僕にとって息がつまる環境だ。

 今すぐに、この場から離れたい。そう思って僕が最初に向ったのは列車の駅だ。


 『出来るだけ遠くに行きたい』ただそう思って、遠くへ行ける駅に向かった。


 シトラを探すのも、列車を使ったほうが見つかる確率を上げられると考えたのだ。


 駅へ向かう途中、僕は常に卵を抱きかかえていた。


 最悪、非常食にでもしようと考えていた為、割らないよう配慮していた。

 ただ……抱きかかえていると、少し暖かいような気がした。


 ――僕の体温で温まっていたのか。それともまだ生きているのか。いや……さすがに生きていないよな。


 だが、ときおり震えるような体動が起こり、僕を驚かせる。

 すぐさま卵に右耳を当て、卵内の音を聞こうとすると体動はすぐ静止した。


「いったいどうなっているんだ。この黒卵は生きているのか。それとも死んでいるのか。いったいどっちなんだ……」


 生死を確認する方法など僕には無い。

 その為、僕はただ待つしかないのだ。結果は二つに一つ。


 『卵から何かが生まれる』『僕が卵を食べる』のどちらかだ。


 卵から何かが生まれるのだとしたら早く生まれてほしい。


 僕の空腹が限界になったら腹の足しになってしまうのだから。


 ☆☆☆☆


「プルウィウス王国・王都発、ルフス領行。まもなく一番ホームに到着します。危ないですから、赤色の線の前に出ないよう、よろしくお願いします。

 一番ホームに到着いたします列車は一〇両編成で参ります。プルウィウス駅から数多くの駅に停車し、終点ルフス領まで向かいます。日数として一〇日ほどかかりますが、切符を提示して頂ければそれに合わせた食事をお持ちいたしますので、駅員にまでお見せください。残り一〇分ほどで到着します。駆け込み乗車は危険ですのでお止めください」


 僕はプルウィウス駅から七領土の内の一つ、ルフス領に行くための切符を買った。

 初めにルフス領を選んだ理由は一二年前に母さんがシトラを買った場所がルフス領だったからだ。


 僕は一番格安の切符を持って歩いていた。

 格安と言っても車内食は朝晩の二回出る。ただ、パンと水だけという質素な食事だ。

 料金は銀貨五枚。中々格安だ。


 僕がオーリックさんから貰った生活費は金貨七枚。

 多分、一日金貨一枚計算だ。

 王都だと安い宿でも一泊金貨一枚は掛かる。

 そう考えると十日間も寝る場所と食事を与えられて銀貨五枚は安すぎるのではないだろうか。


 周りの領土へ向かえば王都よりはさすがに物価が下がると思う。

 ただ、僕はプルウィウス王国の王都から一度も出た覚えがない。

 常に家の中で監禁されていたような状態だった。

 たまに王城で行われるパーティーは公爵家が皆、出席する義務があったため、親に連れ出されて、何もしゃべるなと散々言われたあと、放置されていた始末だ。

 その為、僕は外の世界を全く知らない。


「僕をいきなり社会へ放り投げるなんて、さすがだな。僕を殺しかかっているよ。あ、そうだった、あの人は僕に死んでほしいんだった。でも、簡単に死んでやるもんか。シトラを見つけるまで絶対に死なないぞ。泥水啜ってでも生き延びてやる!」


 僕はルフス領行の列車が来る一番ホームに向う。


 周りにいる人の殆どが、冒険者か金持ちのお爺さんお婆さん。

 若い金持ちがいないのは皆馬車で移動するからだ。


 人込みに包まれるのが嫌いなんだろう。


「今からルフス領に行くんですよね。お爺さん」

 

「ああ、そうだよ。久しぶりの旅行だ燃える夜景を見に行こうじゃないか」


「ええ、楽しみですね」


 お金持ちそうなお爺さんとお婆さんは旅行に向うのか常に笑顔で話をしていた。


「へぇ~、旅行か……いいな~。僕も旅行したいな。でも、お金がないから難しいか」


 僕は幅の広い通路を通り、階段を上がる。やっと一番ホームが見えてきた。


「うぁぁ、人が多いな。この人たち、みんな列車に乗るの、さすが格安切符、乗る人が多すぎるよ」


 僕が向ったのは一両目から六両目までの区間だ。


 この一~六両目までが僕と同じ格安切符で乗れる。


 七~一〇両目は中、高、超の単価別になっており、超高い切符は金貨三〇枚からだとか。


 ――まだ上があるみたいだ。なんとも恐ろしい……。でも、いつか乗ってみたいな。ま、仕事すらした覚えがない僕には過ぎた夢だな。


「それにしても、激安切符は冒険者さん達がやっぱり多いな。そりゃそうか。すこしでも節約しないと、報酬の儲けが減るからな」


 僕は人込みの多い入り口付近を抜ける。すると、少しだけ人の隙間が出来ていた。

 それでも、人が丁度歩けるようになった程度だがもう少し移動すれば結構開いている部分がある。そこまで行けば息がつまる思いを緩和できるはずだ。


 僕は横向きに歩きながら、少しの空間を目指して移動した。


「ん? あれは誰だ。やけに派手な服装だな……」


 僕が見つけたのは、髪から足先まで赤色に出来る部分は全て赤色にしている冒険者だった。

 あまりに目立つので眼で追ってしまう。


 ――身長は一七〇センチメートル以上、年齢は僕と同じくらいか。短髪の赤髪だということは、魔力の原色がマゼンタ(赤紫)とイエロー(黄)だということか。吊り上がった灼色の瞳、赤褐色の鎧に赤色の柄が主張する剣。さすがに赤が好きすぎでしょ。でもどこかで見た覚えがあるんだよな。どこだったかな。


「赤色(せきしょく)の勇者様。今回は一度帰宅されるのですか?」


 メイド服を着た女性が赤い鎧を着た男性に話しかけた。


「ああ、ルフス領のギルドに立ち寄らなきゃならないんだとよ。クソ面倒だよな。この俺に一〇日間も同じ列車に乗ってろとか……。かったりなーまじで」


「それでもルフス領は赤色の勇者様の故郷じゃありませんか、凱旋として喜ばれますよ」


「そりゃそうだろ。何たって俺は赤色の勇者なんだからな。つまりルフス領で一番強い男だ。あ~ぁ、あの領主さえいなけりゃな、糞領主がいるせいで帰りたくね~」


 ――あの人。赤色の勇者と呼ばれてたよな。あ、そうだ。フレイ・ルブルム。七色の勇者が一人、炎帝のルブルム。赤色魔法を得意とする勇者で王国のパレードで出てたな。赤色でほんとによく目立ってた。素行が悪いって噂だけど、確かに言葉づかいは悪いな。出来るだけ近づかないようにしよう。


 僕はフレイを避けるように、人気の少ない所に向かう。

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