三原色の魔力を持っていない無能な僕に、最後に投げつけられたのがドラゴンの卵だった話。〈家無し、仕事無し、貯金無し。それでも家族を助け出す〉
コヨコヨ
一章 『無限』の可能性
第1話 誕生日と、シトラとの出会い
「ダ~ハハハ! お前をこの家からやっと排除できるぞ! プルウィウス王国において数少ない公爵家であるにもかかわらず、三原色の魔力を1種類も持たない息子を持つとは……どれだけ恥ずかしく惨めだったか。だが、今日でそんな気分ともおさらばできるぞ! オーリック、例の卵を持ってこい!」
「かしこまりました。ただいまお持ちいたします」
「我が息子、ドロウ公爵家三男キース・ドロウ。貴様からドロウの家名を剥奪する。これからは亡き元妻の家名ドラグニティを名乗るがいい。二度と我が一族の家名を外で口にするでないぞ!」
「分かりました……父上。僕は今からキース・ドロウを改め『キース・ドラグニティ』と名乗ります」
「フフフ……アハハハ! 愉快愉快! 皆の者、腐った卵はしかと持ったか!」
「は、はい……旦那様……」
「グーズ様、こちらがプルウィウス王国内を探し回り見つけた、墓地に三百年間放置されていた卵になります」
「お~デカいの~。それに真っ黒ではないか~。相当腐っておるな~。これでキースを腐卵臭の化身にしてやるか~」
父は片手では持てないほど大きな卵を頭上に掲げた。
「父上……最後に1つ聞かせてください。シトラはどこに行ったんですか」
「あ? あのクソ犬か……。あいつなら捨てたぞ。こんな手紙を書いていたのだからな」
父は黒い卵をオーリックさんに渡し、くしゃくしゃになった手紙を胸元から出して僕に投げつけた。
僕はすぐ駆け寄り、掌で伸ばす。
差出人「シトラ・ドラグニティ」
宛先『プルウィウス王国、第三王女:イリス・プルウィウス様』
「何でシトラがイリスちゃんに手紙なんて送ろうとしたんだ」
「クソ犬はお前の婚約相手を探していた。だから売り払った」
「シトラがどうしてそんな無駄なことを……。父上は魔力の無い僕に結婚させる気などなかったのに……」
「クソ犬の行動原理など知らぬわ。だが、丁度良かったな。臭いお前の相手をさせるには同じく臭い、クソ犬が必要だった。だが、もうあんな獣臭い雌ガキはいらん。お前がいなくなるついでに、捨てるつもりだったからな」
僕は父の言葉に耳を傾けず、シトラの手紙を読んだ。
僕の教えたつたない文字で、手紙は書かれていた。
「お久しぶりですイリス様。シトラ・ドラグニティと申します。
私を覚えておられるでしょうか。五年前、イリス様が一〇歳になられた誕生日会に出席した、キース様のメイドです。獣人族は私一人だけだったので印象に残っているのではないかと思い、手紙を書かせていただきました。
イリス様は終始つまらなそうなお顔をされていましたが、キース様と話すときだけ、凄く楽しそうになさっており微笑ましかったのを覚えております。そこでお願いがございます。イリス様はまだ婚約されていないとお聞きしました。一度、キース様と会って頂けないでしょうか。五年前よりも身長は二五センチメートル伸び、一六八センチメートルを超えました。まだまだ伸びると思います。珍しい白髪ですし、瞳は虹色に光って見えるほど美しく、芸術作品の美男像のような凛々しいお顔、どこの誰が見てもカッコいいお方です。
最近は無頓着だった容姿も少しは気にするようになり、髪を月に一度切り揃えるようになりました。短めでスッキリとした髪型がお気に入りのようです。
キース様は魔力を持っていません。それでもあきらめず体を鍛えており、そこら辺にいる男より断然魅力的な男らしい体をしております。剣の腕はまだまだですが、あと五年もすればきっといい騎士になれるでしょう。
ただ、このままだとキース様は旦那様に捨てられてしまいます。婚約など、大それた立場でなくてもいいのです。側近でも構いません。何なら、物運びの雑用係でもいいんです。キース様を引き取ってはいただけないでしょうか。大変厚かましいお願いではありますが何とぞお願いします。どうか、キース様をお救いください」
「シトラ……。うぅ……。どうして……君が……」
僕はシトラの手紙を握りしめて胸にあてた。
「皆の者! いつものように腐った卵をキースに投げつけるのだ!」
父の言葉で周りにいる仕様人たちは僕に向って卵を投げつける。
皆、投げ慣れているためほとんどの卵が僕の体に当たる。
頭に当たり、卵が割れると腐った中身が出てくるので、臭くて仕方ない。
でも、この家から出られると思えば耐えられた。
いったい何個投げつけられただろうか、分からない。
周りには二〇人以上の人がいるため、きっと少なくとも二〇個以上は投げつけられただろう。
「ん~臭いの~。最悪な臭いだ。だが~スカッとするな~。やはり卵の割れる音は気持ちが良いの~。ではでは~最後の最後~、お前に投げつける最後の日だからな~特段腐ったのを特別に用意したぞ~。受け取れ、我が出来損ないの息子よ。我が唯一送る、祝い物だ!」
父は黒々とした大きな卵を、腐った卵塗れの僕に投げつけた。
卵は空中で綺麗な弧線を引き僕の頭に吸い寄せられるように飛んでくる。
――ああ、これで最後だ……。こんな姿をシトラに見られなくてよかった。
僕の瞳に映る大きな卵が近づくにつれ、大きさを増しているように見えた。
だが、ただ近づいてきているだけだった。
鈍い音が響き、僕はあまりの痛さに気を一瞬失った。
視界が真っ白になり、その場に倒れる。
≪無色の魔力を感知しました。適性値を推測します≫
訳のわからない言葉が僕の頭の中に響く。
僕が気を失っていた時間は、ほんの1秒程度。
それなのに、一瞬が凄く長く感じた。
「う、う……。痛い……」
「チッ! まさか最後の卵が割れないとは……。拍子抜けもいいとこだ。おい、ゴミ。さっさとその卵と共にこの家から出て行け。邪魔だ。貴様はもうこの家の者ではない。社会のゴミ溜めで死ね」
僕は黒い大きな卵を持ち、フラフラと立ち上がる。
使用人がニタニタと笑う中、僕はクソ野郎のいる部屋を出ていく。
あの男を父親だと思った日は一度もない。
☆☆☆☆
家名を失う一週間前。
「え……。どうして……。シトラ、何でこの家を出ていくんだ」
「すみません、キース様。旦那様の命令ですので……」
「父上の命令。そんな、シトラは何もしていないじゃないか。く! 僕、抗議してくる」
「お待ちくださいキース様。それはなりません……。私は、この屋敷を出ていかなければならないのです」
「なら、一週間だけでも待ってもらおう。それで、僕とこの家を出よう。それじゃダメなのか?」
「はい……。私は、キース様と共には行けません」
「どうして? 理由はなんだ。一二年も一緒にいるのにどうしていきなり……」
「すみません。理由は申し上げられません……。それでは、失礼します」
「シトラ! ちょっと、ちょっと待って!」
僕がどれだけ呼び止めても、シトラは一度も振り向かなかった。
シトラは僕の大切な人。
銀の長髪に同じ色の眉。
その下に二重で切れ長の目、綺麗な琥珀色の瞳。
まつ毛が長く、その分目は大きく見える。
鼻はスッと通っており高く、桃色の唇は何度奪い取ってしまおうと思ったか分からないほど僕の気持ちを狂わせた。
小顔で雰囲気は大人っぽいのに、驚いて目を見開くと一気に子供っぽくなる。
誰が見ても美人と言いそうだが、僕はいつも可愛いと思っていた。
身長は一六〇センチメートルくらい。
ほっそりとしているが体幹はしっかりとしており、僕よりも力が一〇〇倍強い。
触れれば一瞬で投げ飛ばされる。
脇に挟まれるようにある、ふくよかなふくらみに僕の目線はいつもくぎ付けだった。
子供の頃はあんな大きなもの付いてなかったのに……。
僕の顔を埋めても余りあるその胸に多くの男が目を引かれた。
だが、耳と尻尾を見た瞬間に舌打ちをする。
そう、僕の大切な人は獣人だった。
獣人と言っても、人とほぼ変わらない。
大きくふさふさの立った耳と同じくふさふさの尻尾が生えているだけだ。
白く透き通った肌。
昔はよく触らせてくれたのに、最近は触れさせてくれなかった。
餅みたいに軟らかい頬を突かせてほしいと言ったら殴られた。
それが昨日みたいに思い出せる。
ずっと好きだったのに……。
出会ってから一二年。ほんと一瞬だった。
僕はシトラと一緒に居れるだけで幸せだった。
あわよくば、あんなことやこんなことをしたいという男の欲求も沸き上がってきていたのだが、公爵の息子と使用人の関係は一向に変わらなかった。
理由はわかっている。ただ……僕がヘタレだっただけだ。
出会ったのは母さんの死ぬ一年前。
母さんが僕のメイドとして当時三歳で奴隷だったシトラを買ってきた。
一目見た時から好きになった。
いわゆる一目惚れだ。
同い年の僕は、嬉しくなって抱き着こうとした。
その時、シトラに股間を蹴られ……僕は悶絶。
きっとシトラにとって、僕の初めの印象は最悪だっただろう。
当時はまだ卵を投げつけられてはいなかった。
シトラがきてから一年後……母さんは死んだ。
当時から干渉の少なかった父は本妻ではない母が死んでも、何食わぬ顔で笑っていた。
ただ、シトラだけは僕と一緒に泣いてくれた。
そこで少し仲良くなれた。
だが……次の日から辛い日々が始まった。
家を歩けば、腐った卵を投げつけられた。
初めは臭くて仕方なく何度も吐いた。
その度、シトラが腐った卵を拭いてくれた。
嫌々拭いているわけではない、自ら率先して拭いてくれた。
僕が『ありがとう』と言うと、シトラは頬を赤く染めて、尻尾を振った。
黙ったままでもシトラの気持ちは僕に伝わり、嬉しかった。
母が死んで一一年、僕は一五歳となり成人した。
でも、隣にシトラはいない。
僕の顔を拭いてくれる、シトラがいない。
僕が笑うと、一緒に笑ってくれるシトラは……もういない。
☆☆☆☆
扉から廊下に出ると僕のよく知る人がいた。
クソ野郎に黒卵を運んだあと、すぐ部屋を出て行った、オーリックさんが立っていたのだ。
「キース様、成人おめでとうございます。旦那様に逆らえなかった弱い私をお許しください」
「気にしないでください。オーリックさんは何も悪くありませんし」
オーリックさんは母の執事だった人だ。
表立って庇ってはくれないが、裏から支えてくれていた。
表立って何かすれば父にばれて、オーリックさんの生活が終わる。
それでも、オーリックさんは僕の生活が少しでも楽になるように動いてくれていた。
本当にありがたかった。
「でも、オーリックさんはどうしてここにいるんですか?」
「そのドロドロになった服の着替えと、一週間分の生活費。倉庫に無断で放置されていた、まだ使えそうな剣。それと……奥様の形見です」
オーリックさんは革製の袋と小さく細長い無色の宝石の付いた首飾りを渡してくれた。
「これは母さんが大切にしてた首飾り。捨てられていたとずっと思っていました」
「キース様のお母さまは常に貴方様のためを思って生活しておられました。魔力を持たない貴方様を誰よりも心配していたのです。ほとんどの私物は旦那様に焼き払われました。ただ、この首飾りだけは死守しました。奥様が常日頃から貴方様を思う時に握り締めていたものですから。奥様の気持ちが一番こもっている物になります。身に着けていればきっと守ってくださいますよ」
「ありがとうございます。僕にここまでしてくれるなんて、言葉がでません。シトラとオーリックさんがいなかったら、僕はどうなっていたか」
「キース様は屋敷を出ていかれたあと、どうなさるおつもりですか?」
「僕はシトラを探そうと思います。何も教えてくれずに出ていくなんて許せないですから。何が何でも見つけてとっちめてやります。見つけたら、そく抱き着いてファーストキスを奪ってやるんです!」
僕は右手を握りしめて決意を固めた。
「えっと、それはやめておいた方がいいと思いますよ……。それをするとキース様の頭がびんたにより吹っ飛びそうなので」
僕はシトラの馬鹿力を思い出し、びんたされて頭が吹っ飛ぶ未来を想像してしまった。
「あ……うん。そうですね、自重しておきます」
僕は腐った卵を濡れタオルで拭き取り、オーリックさんが持って来てくれた白い長そでシャツを着て、黒いスーツに着替える。
多少良い物だ、きっとオーリックさんが繕ってくれたのだろう。
たぶん、すぐ売れば多少のお金になる。
オーリックさんはそれも見越しているのかもしれない。
今の僕にこんな良い服はいらないのだから。
拭き終わっても、体からはまだ腐卵臭が漂っており、早くお風呂に入りたかった。
ただ……水で洗っても臭いは取れない。時間が経たなければ、臭いは消えないのだ。
それほど腐った卵のお臭は酷い。
その後、革で出来た大きめの巾着袋に持っていた黒卵を入れる。
すると黒卵はすっぽりと入った。
あまりにも綺麗に入ったので少し気持ちいい。
ベルトに無駄な配色の無い無骨な剣を掛ける。
僕は魔法が使えないから魔物が現れたらこの剣で対処するしかない。
だが、切れ味など放置されていた剣に求められても、きっと困るだろう。
出来れば抜きたくない。
敵に合わなければ抜かなくて済む。
シトラが辺境の地にでもいなければ、いいが……。
「それじゃあ、オーリックさん、さようなら。もう二度と帰って来ないと思います。長男のモグラ野郎と次男のスージア兄さん、義母さんの糞ゴリラによろしくお伝えください」
「はい、スージア様だけにお伝えしておきます。では、お元気で」
「はい、ありがとうございます。僕は今から、スージア兄さんとオーリックさん以外は忘れますね。これからのことはシトラを見つけてから考えます」
僕は無駄にでかい玄関から、一歩踏み出して家を出た。
そして、オーリックさんが見えなくなるまで手を振り続ける。
「キース様……。どうか、シトラには合わないでください。今のキース様がシトラと出会ってしまえば、幸せにはなれないでしょう。今のままでは、ですが……」
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