第6話 花遊び

 列車に乗り始めて五日目。

 列車内の生活にしだいに慣れ、各駅に着く度に一度立ち上がるという運動を繰り返していた。

 そうしないと下半身の血の巡りがあまりにも悪くなる。

 血の巡りが悪くなって痛みが出てくるので靴はずっと履いていられない。

 これは車両の座席が悪いのか、五日間真面に運動していないからなのか。僕は医者ではないので原因がわからない。


 プラータちゃんは座席に腰を掛けても、足はまだ床につかないため、ぷらぷらと宙を蹴っている。

 遊びたい年頃なのにずっと座っていたら、つまらないのも当然だ。

 僕が考えたちょっとした花遊びでもしようかな。


「ねぇ、プラータちゃんの魔力の原色はイエローなの?」


「えっと……、多分そうです」


「確か、ルフス領では三原色の魔力がマゼンタとイエローの人が多いんだよね」


「はい、ほとんどの人がマゼンタとイエローです。たまに両方持っている人もいます」


「マゼンタとイエローの二色持ちは、魔力の質が同じほど髪色が赤色に近づくんだよね?」


「はい、そうです。私は混ざりのない黄色なので、魔力の原色はイエローで間違いないと思います」


「家族も皆、イエローなの?」


「いえ、お母さんがイエローで、お父さんはマゼンタです。弟たちは二人ともマゼンタなので、イエローは私とお母さんだけです」


「へぇ……そうなんだ。やっぱり二色持ちはいないよね」


「そうですね。でも、キースさんの髪色は白ですよね。この前も言っていましたけど三原色の魔力を持っていないんですよね?」


「そうだよ。僕は三原色の魔力を持っていないんだ。だから色の無い、真っ白なんだよ」


「三原色の魔力を持っていないと、白色になるんですね。初めて知りました」


「まぁ……あんまり見ないよね。黒髪と同じくらい見ないから、知らないのも無理は無いか」


「あ! 黒髪の人は三原色の魔力を全て持っている人ですよね。それは知っています」


「そう、しかもマゼンタ、シアン、イエロー、全ての色の質が完璧に一緒じゃないと真っ黒にはならない」


「そんなのほぼ不可能じゃないですか……」


「うん、ほぼ不可能なんだけどね。それが……いたんだよ」


「え! もしかしてキースさん、髪が真っ黒な人を見た覚えがあるんですか!」


「ううん……無いよ。ただ、王宮の中に飾られていた肖像画に真っ黒な髪の人が描かれてたんだ」


「王宮の中……って、キースさんもしかして凄い人なんですか」


「えっと……もとね。今はただの一般人だよ」


「そうなんですね。でも、肖像画に描かれてると言うことは、この世に存在したってことですよね」


「そう、凄いよね。魔王を倒したのもその人らしいよ。未だ、その人以外の黒髪はいないらしいんだけど、誰も知らないだけでどこかにいたりするのかな」


「いたらすぐバレちゃいますよ。黒髪なんて珍しすぎて目を引きますから。ルフス領では赤髪でも目を引くのに……」


 プラータちゃんは、数日前の男を思い出したのか顔が暗くなる。


「あっと、え~っと……ここに三原色の花が一輪あります。僕は魔力を持っていないからどの色にも変わりません。それじゃあ、プラータちゃん一度持ってくれる」


「は、はい。わかりました」


 僕はプラータちゃんに三原色の花を渡す。


「少し持っただけじゃ色は変わらない。ぎゅっと握ってみて」


「ぎゅーっと握ります……」


 プラータちゃんは、花の茎を握る。すると、しだいに色が別れてきた。

 三枚の花弁はマゼンタ、シアン、イエローの三原色だったのが、全てイエローに変わった。


「やっぱり、私はイエローの魔力しか持っていないですね。でもよかったんですか、一度使ったらもう戻りませんけど」


「そう思うでしょ。ちょっとそのイエローの花をかしてくれるかな」


「は、はい」


 僕はプラータちゃんから、三枚の花弁が全てイエローに変わった三原色の花を受け取った。


「ぎゅっと握ると……」


「え、え、え。す、すごい」


「三原色の魔力を持っていない人が触ると、元に戻るんだよ」


 僕が触れていた三原色の花の花弁は元の色に戻り、何もしなかったときの状態になっていた。


「花の色が戻るなんて、初めて見ました!」


 プラータちゃんは奇妙な遊びを見て笑顔になり、とても喜んでくれた。


 ――こんな遊びで喜んでくれるなんて純粋な子なんだな。シトラに見せても『何ですか? それが出来たから何か意味あります? そんな無駄な遊びを開発していないで、さっさと勉強してください』とか言ってきそう……。


 ☆☆☆☆


 遊びを終えた後、少し沈黙の時間が流れる。ふと、列車を降りていく人たちを見た。出発した時と乗っている人達が大分入れ替わっている。


「五日間も座っているのは僕たちくらいか」


「他の人達は途中の村や街を観光したり、絶景の見える場所に行ったり、旅行者が多いんです。数日泊まってから列車に乗って次の街に向う。時間とお金の余っている人にしか出来ませんけどね」


 プラータちゃんは、窓の外を見ていた。

 視線の先には楽しそうにはしゃいでいる女の子がいる。

 見るからに良い家のお嬢さんだった。


「プラータちゃんも旅行したいの?」


「いえ、私は別に……。ただ、家族と一緒にいられたらそれだけで十分です」


「家族が好きなんだね」


「はい、もちろんです。それと、好きじゃなくて、大好きですよ」


「ご、ごめん。そうか、大好きなんだ」


「キースさんは、家族が好きじゃないんですか?」


「僕も、次男の兄さんは大好きだよ。でも、父、母、長男の三人は嫌いかな……。あっちも僕を嫌っているから、必然的にそうなるんだけどね」


「家族が嫌いな人もいるんですね。ちょっと意外です。キースさんは凄くいい人ですから家族みんなから好かれているのかと思ってました」


「まぁ、三原色の魔力を一つも持っていない子供を育てるのが嫌だったんだよ。それなりに知られている家だったから」


「能力で好き嫌いを分けちゃうなんて。あんまりじゃありませんか」


「家柄の問題って言うのは、それが現実なんだよ。面子、位、力、いろんな要素が絡み合って拗れてるんだ。親からは『さっさと家を出ていけ』って言われた。だからもう、親とは呼べないけどね。でも僕は息苦しい上級社会から抜け出せてよかったよ」


「それじゃあ……キースさんにはもう家族がいないんですか?」


「ううん、一人だけいるよ。今、その家族を探している途中なんだ」


「え、そうだったんですか。何か複雑な事情がありそうですね」


「そうだね。話せば長くなるけど、聞きたい?」


「き、聞かせてもらってもいいんですか……。ご迷惑じゃ」


「いやいや、暇つぶしに丁度いいと思ってさ」


「それじゃあ、お願いします」

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