第38話 車内からは逃げられない

 7人乗りの車は運転をする北川先生を含めて丁度合宿参加メンバーを乗せられる許容量となっている。

 助手席に小陽先輩。二列目は同好会一年女子繋がりで妃衣さんとシュガーさん。三列目に生徒会女子の小岩戸さんと神奈かんな先輩、そして余った俺。

 集合場所から変わらぬ何とも気まずい配置だ。


「北川先生は今日からお邪魔する海の家の方たちのお知り合いと聞いたのですがどのような関りがあるんですか?」


 助手席の役割をまっとうし運転手に語り掛けるのは小陽先輩。

 それに先生も正面を向いたまま答えだす。


「店主の方が僕の大学時代の先輩でして、何度か店番を無理やり手伝わされたことがあるです。ちなみに、店主と森中先生とは従姉妹の関係にあります」


 確か北川先生は20代後半そこらなので店主さんも結構若い人なのだろうか。

 先生の説明を聞き無遠慮にそんな考察に走る。

 最近何かあるたびに言葉の裏側を図ろうとしてしまうのは同好会からの悪い影響と言えるだろう。


「三永君って~~何かいっつも考え事してるよね~~」


「いつもってことは無いと思うんですが……そんなに分かりやすいですか? よく言われるんですが」


「何か~~考えてますってオーラが出てるのよね~~」


 隣に座っていた神奈先輩の唐突の切り出しに俺は否定する間もなく質問で返す。

 そんなに顔に出てしまっているものなのだろうか。


「確かに三永は考え事する時結構眉間にしわ寄ってるしな」


「流石私の眷属。溢れ出るオーラを隠しきれていないようね」


 ほぼ初対面の神奈先輩の発言を知り合いたちはそれぞれで肯定する。

 どこにそう思わせる要素があるのだろうとまた考え出すと隣からそれだよそれとクスリと笑われた。

 良くわからない恥と引き換えに気まずさは薄れてきたので良しとしよう。


「三永さんは中間から期末にかけて特に英語の伸びが凄かったですから。僕の授業の成果もあるでしょうがしっかりと物事を俯瞰ふかんできる才を持っているのでしょう」


 教員としての責務かフォローを入れる先生には悪いが期末で成績が向上したのは俺のプライドと中間2位の秀才のおかげです。

 会話に入れど決して視線を逸らさずお手本のような運転で先生は車を走らせる。

 そうして段々と合宿メンバーとも打ち解けてきてころ山を越え県を跨いだ。


「もうしばらく走れば海も見えてくると思いますよ」


「海…………」


 一つ上の県へと移り、気持ちも移ろっていたのかシュガーさんの反応はいつになく早い。

 対照的に車が動き出してからほとんど無反応の妃衣さんが彼女の隣に座っているのも少し面白い。


「見えてきましたよ」


 先生の言葉と共に右折した車のフロントガラス越しには輝く青が映し出される。

 遂にその眼に入った海の姿にシュガーさんも言葉を発さずに目を染める。

 シュガーさんの瞳の輝きに伝播でんぱされるように最後列の三人衆は少し身を乗り出す。

 普段真面目な小岩戸さんまで表情の変化の見える絶景を前にしても変わらぬ妃衣さんもある意味流石と言えるが。


「そろそろ到着ですか……?」


「もう少しこのまま海岸沿いを走りますよ妃衣さん。折角なんで景色も楽しんでください」


 ようやく言葉を放った妃衣さんに先生は得意げに答える。

 何度かここには来たことがあるようなので、まるで観光大使のように運転の片手間に景色の説明を入れる先生。

 車内の空気も今日一で盛り上がりつつあるが、興奮も冷め切らないうちに俺たちを乗せた車は合宿先の宿へと到着した。


「さぁ皆さん宿に着きましたよ。荷物だけ置いたら早速海の家の方たちに挨拶しに行きましょう。準備が出来たら僕のところに集合してください」


 駐車させると後部座席へと首を回した先生はこれからの説明を始める。

 何も考えず浮かれ気分だったがここから合宿の開始なので気を引き締めなければ。

 そう決心しようとした俺は車から降りると宿を前に呆然と立ち尽くす。


「出っかい旅館だな……」


「森中先生が予約取ったって聞いてたんやけど~~すごい立派なお宿やね~~」


 俺に続いて車を降りた神奈先輩も同じ感想を述べる。

 続く小岩戸さん、小陽先輩、シュガーさんもその外観を一見すると自分の荷物を以って宿へと向かった。


「妃衣さん。車降りないの?」


「三永君…………」


 それだけ言って未だ車から降りない妃衣さんの顔を見てようやく察する。

 降りないのではなく動けないのだ。

 浮かれ気分でを発揮できなかったと自分を責めるわけではないが、まさかこんな弱点があったとは。


「とりあえず車の中はマズい」


 半ば強引に妃衣さんの体を車から出すと俺は自分の荷物に入っていたか分からない袋を探そうとする。

 キャリーバックに手をかけたその時、自分の腕を掴む感触と汗に緊張が走る。


「もう……限界、です」


 最後にそれだけ残した彼女から溢れ出た吐瀉物を受け止めるすべを持たなかった俺は、思い出と含みのある自分の服を犠牲に駐車場と彼女の服を守ったのだった。

 

 



 

 

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