第37話 合宿のスタート

 照り付ける日差しは本格的な夏の訪れを知らせる。

 気温は朝の6時ということもありこれでもマシな方なのだろう。

 合宿当日を迎え、集合時間の30分前には集合場所と指定された学校の校門に到着した俺は少しだけ気まずい思いをしていた。


「集合は6時半だけど、小岩戸こいわとさんも早めについちゃった感じ?」


「そうです」


「忘れ物とかあったら怖いし早めについて確認とかしたいよねー」


 微妙に距離感を掴めないでいる彼女と二人きりの空間は俺の下手すぎる司会進行でどうにか食い繋がっている状況。

 彼女も俺と同様もちろん私服で来ているのだが、ほとんど夏用制服にしか見えないそれは小岩戸麗の人柄を体現するかのようだ。

 願わくば次に来るのは共有の知人である小陽先輩であってほしい。


「二人とも早いね~~。うちはまだ眠たいよ~~」


 そんな俺の思惑とは裏腹に到着したのは垂れ眼をこすりながらコテコテの関西弁イントネーションを披露する女子生徒―—生徒会会計神奈佐江かんなさえ

 爆散同好会以外の参加メンバーだけ綺麗に到着しており俺の何とも言えない気まずさは加速していく。


「ちゃんと話すのは初めてですよね神奈先輩。1年の三永未来です」


「これはご丁寧に。3年の神奈佐江で~~す。生徒会の会計してます」


 何とか会話をしようと自己紹介をする俺に合わせてくれる神奈先輩。

 彼女本人が言っていた通りとても眠たげで今も欠伸をしている。


「今日は確か~~。森中先生が生徒会に頼んだお仕事のお手伝いなんだよね~~。うちのメンバーが忙しいばっかりにごめんね~~」


 生徒会にはそういう風に伝わっていたのか。

 本当はこちらの事情に付き合わせている立場なので謝られると罪悪感が芽生えてくる。

 気まずくならないように気まずい雰囲気を作り出していると、話し声が聞こえたのか恐らく職員室から出て来たであろう男性教諭の姿が向かってくる。


「随分早いですね皆さん」


「おはようございます北谷きただに先生」


 現れたのは森中先生ではなく担当教科英語の男性教諭。

 どうも森中先生は用事で来れないそうなので、今回の合宿は行く先の海の家の人物と関わりのあるらしいこの北谷先生が引率いんそつとして選ばれた。


「集合時間にはまだ20分近くありますが余裕を持った行動は感心できます。流石は西上高校の成績優者たちです」


 自分のことの用に自慢げな先生は太陽で光る眼鏡をくいッと持ち上げる。俺が言うのも何だが先生といった感じだ。


「他の皆も集合時間ギリギリに来るタイプじゃないと思うしすぐに来るとは思いますよ」


「噂をすれば何とやらやね~~」


 そう言って神奈先輩が指さす校門の方から現れたのは小陽先輩。

 これで生徒会メンバーは揃ったこととなる。


「早いなみんな。余裕もって家を出たつもりだったが上には上がいるものだな」


「先輩、その会話三回目です」


 到着するなりテンプレのように同じ会話が繰り返される。

 ようやく現れた見知った顔の人物に俺が安堵したのも束の間、同じ電車だったのだろうか妃衣さんも少し遅れて姿を現した。


「会長と妃衣さん登場~~。サングラスとはいい趣味だね~~」


 神奈先輩が妃衣さんだと気づけたのは妃衣さんが教室での姿で来たことと、今回の合宿はそのままの状態で過ごすということを意味する。

 トレードマークのサングラスは手放せなかったようだがそれ以外は多くの人が知る妃衣花火の姿。

 私服も何度か見た変装用の派手目な物ではなく、おとなしめのワンピースだ。


「おはようございます皆さん。お早いですね」


「おはよう妃衣さん」


 集合場所に到着したらまずは社交辞令でも述べないといけないルールでもあるのだろうか。

 驚くほどに一緒の反応を見せるみんなにそんな困惑の視線を隠せないでいると、それに気づいた妃衣さんはどうかしたのかと尋ねてくる。

 説明するほどのことでもないので気にするなと釘を打つと妃衣さんは北川先生に今日からの予定を再確認しに行った。


「あとはシュガーさんだけか」


「と言ってもまだ集合時間まで15分はありますからね」


 俺の独り言に補足を加えるのは小岩戸さん。

 彼女の言う通りまだ時間のある今のうちに用だけ済ませておこうと校舎の男子トイレを目指すと後ろから小陽会長がついてきた。


「今回の合宿。妃衣の目的は何だと思う」


「俺も分からないです。でも折角の遠出なんで一先ずそういったことは考えずに行こうと決めました」


 二人きりとなりカップル爆散同好会のメンバーとして訪ねてくる先輩に俺は答えを持ち合わせていない。

 今日まで妃衣さんの思惑を考えようと思ったことは幾度いくどとあったが、大抵考えることすらも読まれて行動されていそうなので無駄な労力だとこれまでの経験から結論付けたのだ。

 そうこうしている内に集合時間の10分前となり最後の参加者の姿も見えてきた。


「お、佐藤さん来てるじゃん」


「トイレ行ったのとすれ違いで来たんですかね」


 夏にしては暑苦しそうな黒のゴスロリ衣装は片手で持っている派手すぎる日傘も相まっていつも以上に厨二感があふれ出している。

 変わらず着けてある眼帯と包帯もそれを助長している。


「待たせたわね……。約束の時間が、今来る」


 得意げにポージングを取るシュガーさん。

 良かった、どうやら彼女はテンプレには乗っ取らない派のようだ。

 こうして合宿参加者全員が規定時間内に揃い、最後に北川先生が運転をするデカめのSUVが登場すれば準備は万端だ。


「少し早いですが向かいましょうか」


「そうですね」


 話をしていた先生と妃衣さんの合図を皮切りに車に乗り込むといよいよ合宿がスタートするのだった。

 

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