第36話 合宿の準備

 帰宅し、俺は濁しながら母に大型連休初頭の予定を伝える。

 中間テスト・期末テストの期間に何度か家を訪問していたシュガーさんを見ていたためか含みのある顔で早々と納得した様子の母は勘違いも他所よそに合宿の費用などを尋ねてくる。

 そういえば部室では旅費や必要な荷物等は聞けてなかったがメールで届いているのだろうか。


「交通費とかはいらないっぽい。現地で個別に使うなら各自持参。荷物も特別持ってきたいものがない限りは服だけでいいっぽいね」


「あら、随分至れり尽くせりな合宿ね。お母さん的には財布にやさしくてありがたいけれど」


 解散するなり俺の参加表明を待たずに作られたグループチャットには妃衣さんから合宿の予定や概要などがびっしりと記されている。

 今回は生徒指導、森中先生の知り合いの店の手伝いでバイト代の代わりとしてそういった経費を負担してくれているらしい。

 最後に羽目を外しすぎないようにと注意喚起と諭吉三枚を軍資金として送った母は

台所へと消えていく。


「お兄旅行行くの?」


 入れ替わるようにリビングに入ってくるのは妹である未空みく

 中学も終業式で早く帰ってきたのか女子中学生としてはどうなのだろうという着崩し方の部屋着で登場する。

 周辺の話題への嗅覚は中学生らしいともいえるが。


「委員会の人たちとな。折角の夏休みだし」


「委員会? 早海君じゃないんだ。委員会…………前に家に来てた女の子か」


 無言で勘繰るような目を向けてくる妹。

 母といい長男の女性事情にいささか敏感すぎやしないだろうか。


「生徒会長とかもくるし結構真面目な合宿だったりするんだぞ」


 何に対するのか分からない言い訳を放つ俺の焦点は妹にあっていない。

 それを見て確信めいたように溜息をつくと一言、


「別に聞いてないし」


それだけ残すと妹は自室へと帰っていく。

 母よ、笑っていないで思春期の娘をあやしてほしいものだ。

 妹と時間をおいて俺も自室へと向かう階段を登り改めて妃衣さんからのメールを確認する。

 準備は早くから始めれば始めるだけいい派の俺は早速荷造りに取り掛かった。


「三日分の服……改めて見ると俺の趣味じゃないのも多いな」


 部屋のクローゼットを開いてそんな感想が零れる。

 この一年で買った服というのは隣にいた女性に格好よく見られたくて当時中学生の俺にとって少し背伸びをした衣服が多い。

 

「まぁ、意識しすぎることでもないよな」


 俺は咲楽茜さくらあかねのためにクローゼットに置かれた服を選び取るとキャリーバックへと詰める。

 そういえば妃衣さんはどっちの格好で来るのだろうか。

 生徒会の人たちも来るならサングラスでこ出しの姿は見せずらいだろうし。

 俺は気でも紛らわすようにそんな要らぬことを考えながら支度を進めていく。


「あとは洗面道具に……スペース余るしUNOとか軽いボードゲームでも持っていくか。みんな頭いいからボコボコされそうだけど」


 遊び心も忘れないないのは合宿と銘打っているのだから大事な部分だ。

 そしてメールに付け加えられていた水着も忘れずに入れると一先ず支度を終える。


「合宿の最終日は花火大会と被ってるのか。滋賀の花火大会しか見たことないし新鮮で面白そうだな」


 花火大会。クローゼットの中身といい今日はやけに俺の中に未練を芽生えさせようとしてくる。

 去年の丁度今どき。琵琶湖花火大会で一世一代の告白を行ったのが遥か昔のようにも思えてくる。

 

「まぁ、あのメンツに限ってそんな甘酸っぱい出来事なんて起こらないよな」


 合宿参加メンバーの顔触れを頭に浮かべそんな安心感を覚える。

 そうしてベッドに寝ころび天を仰いだ今の俺には、今回の合宿で起こるひと夏の過ちたちを知る由もなかった。

 

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