第33話 生徒会長

 後日談と語るには直近すぎる昼休み。

 ここ数日のすれ違いのような事件は幕を下ろしていた。

 あの日の約束通り、小陽こはる先輩は小岩戸さんにストーカー行為はもう起こりえないことを伝えた。

 恐らく先生本人に事の顛末を伝ええて本当に再発しないように頼んだのだろうが、それを知らないであろう小岩戸さんをどう納得させたのかは謎のまま。

 まぁ生徒会長をしたっている雰囲気のあった小岩戸さんが折れたのだろう。


ほおいあんだおんばむずあいいあおしえどおしたんだそんな難しい顔して


「……飲み込んでから喋れ。それと、俺は時折仏頂面になる体質だから気にするな」


 口をモゴモゴさせながらこちらに対する早海に俺は嘘を交えて軽くあしらう。

 他言無用として当たっていた事件の話を深堀されたくないというのもあるが、単純に面倒臭そうだからこいつとの会話は基本適当にしておくにかぎる。


「フューチャーにそんな隠し要素があったなんて」


「シュガーさんも真に受けすぎないでくれ」


 不用意に放った言葉で板挟みにされる俺は言い逃れするように弁当箱の白米で口を塞ぐ。

 意図的に言葉を無くして少し空きのできた自分の箱の中を見て思う。

 俺は多分、いきなり空いてしまった穴を埋めるためにこの数か月拗れた三人と共にしてきたのだと。

 元々三永未来は厄介事や悪目立ちすることとは関わりえない生活を送ってきた。

 自己評価通りにちょっと良質な普通の学生として。

 そんな俺が張りきったりなんかしてみせたのもきっとそのせいだ。

 どれだけ状況に共感できようと、当事者に同情できようと、高校入学以前の俺なら間違いなく関わろうとはせず傍観者の立場を選んでいた。

 だから急に自分のやりたいことを見失った俺はすがるように突然現れたやるべきことのようなものに追い縋っていた。

 思い返せば随分衝動的に動いた数か月だった。

 何気ない友人との昼休みの空間を新たに手にした今俺はそんなことに気づいた。


「フューチャーは考え事をしているのが分かりやすいわね」


「ホントな! 目つきわりぃって」


 この空間が今の俺の居場所とかいう恥ずかしい事を言えるほどの物かはさておき、俺は居心地の良い昼下がりに少しノスタルジックな感傷に浸る。


「目つきで言うなら早海は人のこと言えないだろ」


「おまっ、人が気にしていることをぉぉ」


 自分がされて、言われて嫌なことはするなっていう道徳の一ページ目の内容は履修してこなかったのだろうか。

 俺の発言を気にしてか不格好な作り笑顔で否定の構えをする早海にシュガーさんも俺も思わず吹き出す。

 

「お前ら酷いぞ!!」


 そうして俺たちはチャイムが鳴る数分前まで高校生らしい馬鹿話を繰り返す。

 最近までのいろいろと考えさせられてきた日々からの解放が心地よくて、何も考えない今を楽しむ…………。

 きっとすぐにでも厄介事が舞い込んでくるだろうから。


「今度は、嬉しそう。どうした……何か気持ち悪いぞ未来……」


 失礼な奴だ。

 昼食を片付けながら横目に暴言を吐き捨てる早海はまるで知らぬ者でも見たかのようだ。

 それも無理もないかもしれない。

 これまでの疑問の大半が一挙に解消された今、俺はちょっとだけ浮かれているかもしれないから。

 

「確かに。フューチャーが歓喜している姿は初めて見たかもしれないわね」


「シュガーさんまで。俺だって喜ぶことぐらいあるぞ」


 早海に乗っかって俺への偏見を語ってくるシュガーさんに早海も共感されて大きく頷く。

 俺ってそんな堅物かたぶつに見えてたのだろうか。


「太陽の移ろいを感じる……鐘の音が近づいているわ」


「あ、俺たち5時間目体育か! 未来さっさと体育館行こうぜ。佐藤さんもクラス戻んないと」


 シュガーさんの独特の言い回しで昼休みの終わりを感じさせられた俺たちはそれぞれ次の授業のための用意にかかる。

 また明日と残して自身の教室に帰ったシュガーさんに続いて男二人も体育館の更衣室へ向かう。

 道中通りかかった生徒会室には昨日までは気にしてなかったか存在に気づかなかった大きな犬の写真の張られた可愛らしいポスター。

 

「このポスター、生徒会長のイメージではないよな」


 視線を送っていた俺に気づいて感想を述べた早海の何気ない一言に、俺は小陽洋介がいかに生徒会長をしているかを痛感させられるのだった。


 

 

 





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