第32話 鈍感な者たち
「Xの正体だったな。ここまで図星を突かれてきたんだ、今更隠したりはしないさ。小岩戸のクラスである1年3組の担任である笹川先生だ」
会長は一通り俺の話を聞き終えると最初の質問に答えだす。
驚きこそしたが改めて聞くと納得もいく。
小岩戸さんの自宅に教科書を届けていたり順位を先に知らせていても可笑しくない人選なら担当教員が最適だろう。
「ならやっぱり善意で? 結果的に小岩戸さんの役に立ってたかは微妙に感じますが」
この場で内にある全ての疑問を無くすためにも俺は質問を繰り返す。
「善意というより、先生の言葉を借りるなら贖罪だな」
「贖罪ですか?」
予想の斜め上の動機に俺は椅子でもずらされたような感覚にされる。
「生徒会へと小岩戸を推薦した張本人の笹川先生は、生徒会の活動で忙しそうにしている彼女を見て罪悪感が生まれてしまったらしい。入学一か月という例を見ない形での生徒会入部は話題性こそあれど彼女のためにはならなかったと考えたみたいだ。まぁ小岩戸本人はきにしていないだろうがな」
「それでテストになるべく集中してもらうためにあんなことを……。何というか本末転倒な気がします」
事のあらすじを聞いて俺にはそんな失礼な感想しか浮かばない。
本人がどう思っていようとその行いのせいで小岩戸さんは要らぬ心配事を増やしたわけだから。
「最初から本人に言うなり、それこそ会長が手伝えば済んだ話では」
「それはそうだな。全く正論だと思う」
少し笑いながらそう告げる会長に、だった何故と聞きたがる俺を制止して会長は続けた。
「ただ先生にも先生なりのプライドみたいなものがあったのかな。自分の生徒に自分が蒔いた種は自分で回収したいっていう。俺が笹川先生に受けた相談はちゃんと見守ってほしいというそれだけ。俺は生徒会長としてそれに従ったまでだ」
それが彼の、生徒会長小陽洋介の答えらしい。
何とも豪胆で我儘な放任主義。
でも、それは俺や妃衣さん、笹川先生にも持ちえた誰にでもある感性で、会長に向けていた期待のようなものとは正反対の一種の諦めのようで少し悲しく思えた。
「俺は生徒会長だからな。生徒を導くのではなく見ている義務があると思っている。同好会や小岩戸にも、生徒会長だから何かしてあげられるわけではないんだよ」
そう言い切った会長の目には邪念は無く、俺は生徒会長でいることが妃衣さんやシュガーさんのような纏っている姿なのだと直感した。
「聞きたかったことは聞けました」
「これを聞いて三永はどうするんだ? 誰かに教えるか」
俺に対する一種の脅迫は俺に答えを強制させる。
まぁそうでなくとも俺の中の結論は変わらなかっただろうが。
「誰かにチクったりしないですよ。ただこれ以上ストーカー行為が起こらないっていう事実の説明は会長がちゃんとしてくださいよ」
「もちろんだ」
最後まで清々しいほどに嫌味な顔を見せなかった会長の前にいる俺はどんな顔をしていただろうか。
きっと眉間にしわのよった酷い顔だったろう。
俺は俺の自己満足のためにやってきた生徒会室を出ようとする。
そうして会長に背を向ける。
「会長……小陽先輩、失礼します」
この呼び方の変え方に意味はあるのかは分からない。
ただ俺は未だにシュガーさんと呼び続ける臆病を彼で発散したかったのかもしれない。でもこれくらいは今回の件とでチャラにしてもらいたいところだ。
「もう要は済んだんですか?」
最後の最後まで自己満足に浸っていた俺は意図的に会長と視線を外しながら生徒会室を出るとそんな声に呼び止められる。
「逆に安心したよ、妃衣さん……」
何故この場にいるのか分からない存在、
関わり合った頃は最も裏表の激しいと思っていた彼女も、今となっては素を隠す二人よりも単純なのではないかと思い始めた。
「驚かないんですか? サプライズ成功と思ってたんだけど」
「驚いたよ、妃衣さんが現れても一切驚かなかったことに」
図書室への単独行動の時もそうだったように彼女には考えていることが筒抜けな感じが否めない。
最も、今ここに彼女がいることがその答えのような気もするが。
「妃衣さんも会長が怪しいと思ってたのか」
「いえ、そういう訳では。まぁ私よりも調べ上げる候補が多いであろう会長がああもあっさりと手掛かりなしと打って出たのは違和感はありましたが」
俺が会長には言わなかった生徒会室訪問の決定打を彼女は意図も容易く言い当てる。
恐る恐るXの正体も知っていたのかと尋ねた俺にNOと答えた妃衣さんにさっきとは違う安堵を覚える。
「最初に言った通りこういった推理みたいなことは私の得意分野ではありません。三永君がやったような動機からの逆算というのは人の気持ちを理解できてこそできる技ですから、私には無理です」
「やる気になったらできる気もするけど……」
妃衣さんの自虐に俺は過去の自分の踊りっぷりからそんなことを思う。
それでも尚それはないと言い続ける彼女からは確信よりも頑固さが見える。
まるで妃衣さん本人に言い聞かせるような。
「妃衣さんが俺をツッコミ役って言ったの何か適任な気がしてきた。面と向かって言うのもあれだけど皆高校生としては拗らせすぎだと思うし」
「私もそう思います」
頑なに自分に無いとしている気持ちを探し続ける少女。自分を守るために新たな自分を着る才女。生徒会長であることを絶対とする男児。
そんな三人に囲まれている俺はちょっと人の嫌がることに気づきやすい嫌な奴。
「拗らせてるのは俺もそうかもな」
この一か月近い高校生活を思い返してそんなことを思う。
やっぱり俺は順当に高校生だと。
全くその通りだと俺の自虐に笑いながらサングラスを上げた彼女は最後にやっぱりこう残す。
鋭いですね、と。
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