第22話 プリンセス・F・シュガー

「黙ってこんなことしてごめんなさい……これ以上知佳が苦しんでるのを見てられなかった」


 4人だけとなった屋上で橘先輩は自身の友人へと謝罪する。

 この場に俺とシュガーさんが残ったのは他でもない橘先輩たちに引き留められたからだ。


「謝らないで。元々私が蒔いた種なんだから……。それと一年生の……」


「三永未来です」


「三永さん。それにお隣の友達のあなたも。私たちの関係を終わらせてくれたこと、感謝しているわ。私では……責められるが怖くてどうすることも出来なかったから」


 桃園先輩は下を向く。

 俺は本来かけられべきではない感謝に返す言葉を失う。


「大林さんの件も。あんな驚いた顔中々見られないからスカッとした。本当はもう一人のリーダーぽい子にも謝りたかったんだけど……彼女には逆効果だと思ったから」


 関係の浅い俺にでもわかる嘘の笑顔を振りまく桃園先輩。

 その表情に爆散を行ったことを後悔しそうになり、後悔がよぎった自分に嫌気がさす。

 勝手に引き裂いておきながらその後の彼女に同情だけするなど虫が良すぎる。


「橘先輩と密談をした際、あなたは脅されていて告白をするしかなかったと聞いたわ。何故、そのことを話さなかったの?」


 押し黙る俺とは対照的に先輩に踏み込むシュガーさん。

 その眼は彼女を真っすぐに捕えて離さない。


「例えそれが事実でも彼にとっては何か変わるわけではない。むしろ怒りを向けられる対象が減って余計に悲しませるだけだわ」


「好きだったの?」


 シュガーさんは更に踏み込む。

 心の内を抉られたような表情で驚く先輩は頷きはしない。

 土足などでは飽き足らずまるで扉そのものも破壊する勢いの彼女の質問は、あの日図書室で言いかけて出てこなかった俺の疑問の答えでもあった。

 何にも思っていなかったのなら。思いを寄せていなかったのならもっと早く彼に嘘だと伝えればよかった。

 それが出来ず、終わってなお彼を心配するその姿は彼女に嫌いと無関心以外の気持ちがあることを物語っていた。


「好きとは違う。ただ、彼との偽りの関係は思っていたより心地よかった。だから穏便に終わらせたかったけど私が躊躇ちゅうちょしたせいで余計に彼を傷つけた。あなた達のおかげで最悪にはならなかったけど、せめて彼に償うなら私の言い訳は話すべきではないと思ったのよ」


「知佳……」


 嘘から始まった二人の関係は妃衣さんが爆散を決行するに至るほど本当の好きに似たものとなっていた。

 桃園先輩が無関心のままの状態だったら、爆散をする間もなく終わっていたのかもしれない。


「私たちは一つの正義感もなくあなた達二人の関係を断罪した。これまでもこれからも私たちはあなたのような人の気持ちに寄り添わずに爆散を執行する。だから次はちゃんと恋をしてほしいわ」


 今日の夕暮れではいつもの調子のよい言葉を並べないシュガーさんは桃園知佳を救わない。

 妃衣さんがそうであるように決して謝罪せず、俺も留まったように後悔を見せず。

 彼女が何を思ってその言葉を放ったのかは知る由もないが、俺たち四人はそれ以上何かに謝ることも感謝を伝えることもなかった。


「俺たちも帰ります」


 それだけを別れの意とした俺たちは屋上を後にする。

 俺の言葉に続き背中についてくるシュガーさんからはいつもの元気は感じられなかった。

 階段を下り薄暗い校舎を二人歩く。

 

「意外だった。シュガーさんがあんなことまで聞くなんて」


「私にとっても未知なる感情だったわ」


 シュガーさん本人にも操りきれなかった彼女の本音が好きだったのかというたった一言の無礼を生んだのだろう。

 ここ数日の短い間に何度か二人きりで会話を行うことがあったが、その時には見れなかった彼女の心が垣間見えた気がした。


「フレイのめいから外れて、あなたと預言者と共に確定された未来を変えた訳だけど……結局私には何が正解だったのかを審判出来うる眼はなかったようね」


「俺たちの行動に意味があったのかは、これからの先輩たちの関係の変化で分かってくることだと思うよ。シュガーさんが協力してくれなきゃ大林久美おおばやしくみの一人勝ちだった。俺のわがままにつきあってくれてありがとう」


 彼女の自損に蓋をするように俺は心からの感謝を伝える。

 見え見えの下手糞なフォローを彼女は責めない。

 その代わりに彼女は階段下の俺を追い越すと、左眼を隠す眼帯を外し初めて見せるどこまでも澄んだ瞳で俺を見据え微笑む。


「今回の爆散は私にとっても挑戦のようなものだったわ。初めてフレイの意図とは別の、自分の心芯しんしんに答えるための挑戦をした。結果私たちの行動は一人の女性の気持ちを暴いただけに過ぎなかった。これで……良かったと思う?」


 俺に何を求めたのか。彼女を汲み取れない。

 暫く立ち止まり彼女の瞳に見つめられるままの俺は息をするのを思い出したように漏れ出した声で答えた。


「俺も、今回は部外者として臨む初めての爆散だった。自分がどうしてカップルを爆散するのかっていう問答と向き合う機会になったよ。俺たちの行動で変わったのは些細な事だったかもしれないけど俺たちは少し変われたんじゃないかな」


 これが彼女への答えになっているのかは分からない。

 彼女の言葉の真意と後悔を知るにはシュガーさんのことも妃衣さんのことも会長のことだって全然知らない。 

 だから今は自分たちの一歩の意味を無理やり正当化していたいと思った。


「優しい答えね。今はあなたの思いやりを受け止めるとするわ」


 それだけ残すとシュガーさんは再び俺に前を譲る。


「いつか……」


 耳の後ろを声が通る。


「いつか佐藤姫華さとうひめかを知った時も同じセリフをかけてくれることを期待しているわ」


 頬に唇が触れる距離感で囁いた彼女は紺碧こんぺきの左眼で俺を覗く。

 青空のような彼女の目に映し出される俺の姿はシュガーさんを見ている。

 これまでと同様にシュガーさんのことを。

 それが彼女との縮まりきらぬ距離の答えで、佐藤姫華の思いを少しだけ覗いた俺にはまだ彼女の左眼のように本当の彼女を見据えることはできないのだった。


 

 

 

 



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