第20話 それぞれ

 妃衣さんにはお見通しだった図書室での一連のやり取りを終え今日は一人家までの道を進んだ。

『明日の放課後、勘違いビッチと残念眼鏡、加えて主犯格を屋上へと連れ出して爆散を決行します。同好会メンバーは事前に生徒会室に集合でお願いします。』

 家に着く直前で送られてきたグループチャットを確認すると俺との言い合いなどは記載されてなく、本当に障害にはならなかったのだと気づかされる。

 俺も同好会に亀裂を入れたかったわけではなかったので少しホッとする。


「ただいま」


「おかえり。今日は早かったのね」


「この前が特別用事があっただけだよ」


 帰宅した息子への挨拶を欠かさない母に俺は昨日とは違い自室に向かわずにリビングへと足を向けた。


「最近同好会? みたいなのに入って……生徒会の手伝いみたいなのしてるから」


「そうなの? それは凄いじゃない」


 思春期の息子から見ても聖人という言葉がしっくりくる母は適度な距離間で俺との会話をする。

 かくいう俺はまたも嘘を織り交ぜた会話で返すわけだが意気揚々とカップルを破局させています何て言えるはずもあるまい。


「お兄、最近なんか変わった」


未空みく。帰ってたのか」


 三永未空みえみく。俺、三永未来みえみらいの二つ下の妹で現在は中学二年生。

 俺より頭が悪くて俺よりも運動が得意な妹はなびかすには足りないショートヘアを魅せつける。

 普段からそこまでコミュニケーションを取っている訳ではないのでたまたまリビングで鉢合わせてそんな世間話を持ち掛けられるとは思ってもみなかった。


「変わったか? 自分ではあんまりわからないんだけど」


「何かちょい前までは彼女にデレデレでキモかったけど、今は悟りを開いてる感じがしてキモい」


「どっちにしろキモいままじゃんそれ」


 言われていることに何となく心当たりがあってしまうところが一番悲しい。

 妃衣さんは度々俺を鋭いと評するが流石は血のつながった妹。鋭い。

 軽口を叩き合うくらいには仲がいいと勝手に思っているが、妹様は思春期真っ只中まっただなかのご様子で常に不機嫌だ。


「ま、確かに最近俺キモかったかもな……」


 無自覚に悟ったことを言う俺にテンプレのように口に咥えていたパピコを落とすとそのまま開いた口が塞がらない妹。

 マジで何かあったんじゃんとアイスを拾い直した妹はそのまま彼女の自室へと去っていった。

 自分の気持ちにも向き合うと決めた爆散の前日に俺はそんな変わらない日常に感謝をしていた。


★☆★


 迎えた爆散当日。

 時刻は15時を優に回っている。

 無人の生徒会室へと招集された同好会メンバーの面々は各自の配置と役割を確認していた。


「今回はあんまり出番なさそうだな」


「あくまで生徒間の問題に収まる範疇はんちゅうではありますから、生徒会長としての務めはあまりないないですね」


 前回の他校を巻き込みまくった問題とは異なるため必殺生徒会長降臨はあまり効果は薄いということだろう。

 見届け人としての配役を言い渡された会長は不満な顔など見せずに一つグーサインで返答した。

 シュガーさんに対しても同様の待機命令を下した妃衣さんは最後に俺の方を向くと最終確認だと言わんばかりにサングラスをかけ直す。


「三永君には橘先輩のフォローをお任せしたいのですがよろしいですか?」


 このよろしいですかには役割の確認以外にも意味を孕んでいるのだと分かる。

 

「問題ないよ。でもフォローって何すればいいの?」


「そうですね。誰かしらが暴れだしたら先輩を守ってあげてください」


 昨日の問答を含めた諸々を了承した俺は不安点を確認する。

 帰ってきたのは割と曖昧な答えだったが妃衣さんがこういう場ですべて語らないのは今に始まったことではないしもう慣れた。


「了解」


 端折はしょられた彼女の意図を汲んで最後の応答をする。

 今回の屋上への呼び出しもいつも通りシュガーさんが手を回して行った。

 勘違いビッチには占い師作戦が上手くいき呼び出しに成功したと。

 残念眼鏡には一か月記念を控えて彼女がサプライズをくわだてていると。

 黒幕には桃園知佳ももぞのちかようやくドッキリだった彼氏に伝える最高の舞台だと。

 計画の全てを妃衣さんによって知らされた橘哀歌たちばなあいかの携帯から。


「本当に良かったんですよね、橘先輩」


 この教室へと入ってきた五人目の人物に妃衣さんはもう取り返しのつかないことを質問する。

 一昨日の話し合いから先輩は自分も友人を止められなかっただけの部外者として事の顛末てんまつを見守ると決意した。

 それがどんなに非情でも強硬手段でなければ友人を救えないのだと信じて。


「はい。これ以上嘘の感情に振りまわされる知佳をほってはおけません」


 そうして自分の役割が出揃った俺たち五人は五人それぞれ思いで席を立つ。


「では行きましょうか」


 変わらぬ芯で先導する妃衣さんの背中を追う。

 いつもよりその距離も近く感じた。

 

 

 

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