第19話 人はそれを決意と呼ぶ

 会議を含めた長い一日が過ぎ、 俺はあの日は誘導されていった図書室へとおもむいていた。

 ここ最近は何をするにしろ同好会のメンバーと共だったため久ぶりの単独行動な気もする。

 まぁ、だからといってテンションが上がるでもない訳だが。


「知られたら妃衣さんに怒られそうだな……」


 誰にも指示されていない単独行動、まさしく独断専行にこの後のお叱りを覚悟しながらスニーカーを脱ぎスリッパに履き替えた。


「鍵泥棒を働いた昨日の今日でなんか気まずいな」


 俺がこの図書室に来たのは安に自分の気持ちを確かめたかったからだ。

 シュガーさんと帰ったあの夕暮れ。その晩俺は彼女にかけた言葉を自分の中で噛み砕いていた。

 妃衣さんはムカつく以外の理由で行動しないようにしていると語ったが、俺も同好会のメンバーでその意見に賛同しようと思っていたし、賛同していた。

 でもどれだけ言い聞かせてもそれは嘘で、当事者だった前回と違い事件を俯瞰的にしか観測できない俺はどうしてもムカつくという感情と一緒に同情とかそんな感情も芽生えてしまうのだ。

 だからこそ……


「俺たちは俺たちなりの理由でだ」


 そうして何か決心できたわけでもない俺はターゲットの一人である勘違いビッチの座る図書室のカウンターの前に立った。


「本の貸し出しでしょうか?」


「いや、そういうわけでは。えっと、二年生の桃園先輩ですよね」


「そうですけど私にようですか?」


 本はもちろんそれ以外にも何も持っていない俺に、マニュアル通りの対応を見せる先輩。

 

「実は先輩に聞きたいことがあって」


「何でしょうか?」


「あなたの彼氏についてです」


 ほぼほぼ不審人物のナンパ行為に一歩置いた場所からの返答をし続けていた彼女だったが俺のそのセリフに無視しきれず眉を上げる。


「私の彼氏がどうしたんでしょうか」


「罰ゲームだとかどうとかっていったら分かってくれますか?」


 まだ誤魔化そうとする先輩に見慣れた脅迫を参考に詰め寄る。

 俺が何の話をしたがっているのかを察した先輩は分かりやすくため息を零すと俺を後ろの図書準備室へと案内した。


「さっきの様子から察するにいろいろと知っているみたいだけど、それを言って私にどうしてほしいの。何が目的なわけ?」


 部屋に入るなり壺を突かれたかのように態度を一変させた彼女は準備室の鍵を閉め密室を作り出すと反対に俺を追い詰めようとする。

 後ろめたさを隠したいのか、彼女のそれはこれ以上踏み入るなという警告にも見えた。


「目的ってほどのことはないんです。ただ、俺は知りたい。先輩が霧島きりしま先輩のことをどう思っているのか」


「何が言いたいのか分からないわ。例の噂を知っているのならそんなこと聞くまでもないでしょ」


 わざわざ答えを言う必要すらないと俺の質問は一蹴いっしゅうされる。

 先輩は何が言いたいのか分からないと言っていたが俺自身も何のためにここへ来たのかの答えを見出せてないので分からなくて当然だろう。

 俺の内側には何かを隠しているようにしか見えない勘違いビッチに対する別方向の苛立ちがあって。それが一体何なのかが分からなくて。

 俺は昨日橘先輩と話をしてからずっと覚えていた爆散に対する自分の考えへの矛盾を、ただただ目の前の当事者にぶつけていた。


「正直俺は先輩たちの噂を最初聞いた時に、言葉を選ばず言わせてもらうとさっさと別れろよって思いました。そういうのってあんまり長引かせるものじゃないと思うし。誰とは言いませんが勝手ながら俺の知り合いたちも俺以上にあなた方の在り方に嫌悪感を抱いてます」


「何それ。部外者に首突っ込まれたくないんだけど。関係ないんだから噂を広めるなりしとけばいいじゃない。勝手に介入して嫌悪感を抱いていますなんてしったことじゃないわ」


 極々当然の反感を買う。

 呆れまなこで俺の話を流す先輩はもういいだろうとでも言いたげな口を開けずに俺の横をすり抜けていく。

 数分間の密室は解放されて部屋の電気は元の灯っていなかった状態に戻った。


「半ば強引で、罰ゲームで……。本当に嫌いなら占い師をでっちあげるなんて回りくどいことする必要ないと思います。先輩が本当に嫌うべき存在は明確で…………」


「これ以上は言わない。名前も顔も知らない部外者が介入しないで」


 勢いよく扉が閉められる。

 部屋に取り残された俺は冷静に自分の無神経さを反省する。

 そして、反省をしたからこそちゃんと爆散に向き合うと決心した。


「「…………。」」


 先輩から少し遅れて準備室を後にした俺は、そのまま何も話ず目も合わせないまま図書室を去る。

 結局この訪問で勘違いビッチに関して深堀出来たことはなかった。

 でも、俺が勘違いビッチではなく桃園知佳ももぞのちかに抱いていた怒りの理由は知れたと思う。


「中々大胆な勝手をしますね」


 図書室を抜け廊下に出るとそこには妃衣さんが待ち伏せていた。

 人目に付きにくい場所だからか妃衣花火ひごろもはなび教室の姿でお目見えだ。


「ここで待ち伏せしてたってことは俺がしでかすってわかってたのか。どうして泳がせたんだ? 作戦に支障をきたすかもだろ」


「それはまぁいろいろありますが……。第一に、三永君では私の作戦をかき乱す要因にはなりきれません」


 割と傷つくなその言い方。

 これまで何度も俺の精神を見破るかのような言動をとってきた妃衣さんだが、俺の独断専行も想定の範囲内らしい。


「それと、何の考えもなしに突っ走る馬鹿だとは思っていませんし」


 そう言うと彼女は不敵にほほ笑む。

 ごめんなさい。今回は結構何も考えず先走っているんです。


「案外俺って何にも考えてない馬鹿かもよ」


 彼女なりのフォローに俺は正直に白状する。

 実は考えなしの突発的な行動だったとカミングアウトした俺に対して細目で睨むとやれやれといった様子で首を横に振る妃衣さん。

 何か言いたげだ。


「でも、何かを得たから納得できた表情で出てきたんでしょう」


「まあね……」


 俺の中で出た結論。

 それは妃衣さんと似て対極にある考えで、馬鹿ップルを破局させたいのではなく別れてほしいと願うというものだった。

 爆散においてその結果全てを失った竿だけ。その副産物で一人となった竿待ち。

 それは彼女たちの選択であっても俺たちの強制力が強かった。

 当事者であった俺はそれで何も思わなかった、無関心だった。

 でも今回は部外者で観測者。

 彼女たちの気持ちにまで踏み入ることは果たして許されるのだろうか。


「三永君が何を思い至ったのか……何となく想像できます。私とあなたの決定的な違いは好きという気持ちを理解できる者とそうでない者という点です。それでも私は爆散の方針を変えるつもりはありませんよ。私はエゴを通して馬鹿ップルの破局を完遂する」


「それでいいと思うよ。俺も妃衣さんの邪魔をしたいわけじゃない。ただ、俺は俺の気持ちに乗っ取って爆散するだけだ」


 何かが変わるわけでもない俺たちの宣戦布告は誰に聞かれるでもない。

 いつもこういう時はお決まりのサングラスで魅せる彼女だが今はその小道具はなく、代わりと言わんばかりに凛とした背中だけで語った彼女はそのまま俺の前から姿を消した。

 俺は意図して妃衣さんとは違う道を通る。

 ほんの少しだけ鼓動が高鳴った。

 

 




 


 

 

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