第10話 妃衣花火

 休日の駅構内に広がっていたどよめきが静寂へと変わっていくのを感じる。

 この瞬間に場を支配して見せたサングラスの女性は高校男子を取り囲む女子4名の輪の中に割って入る。


「はじめまして竿だけさん。私、カップル爆散同好会会長の玉屋たまやと申します」


「は? 竿。カップル爆散……何だって」


 俺も初めて聞いた偽名を名乗った妃衣ひごろもさんに高圧的に状況説明を求める竿だけ。

 花火だからたまやなのか、なるほど。


「カップル爆散同好会と……そう言ったのよ。我が名は、プリンセス・Fフラワー・シュガー……。深淵より深き場所からあなたを滅するもの」


 こちらは聞き覚えのある名前を名乗るシュガーさん。

 眼帯に包帯、制服を魔改造したゴスロリ衣装の正装で妃衣さんに続いた彼女はこちらに軽く目配せする。

 あれ? これ俺も名乗らなきゃいけないの。


「何だテメェら、気色わりぃ」


「なるほど。直接話せば話すほどムカつく典型的な馬鹿ですね」


「同意」


「さっきから黙って聞いてりゃぁ……他人の人間関係に文句でもあるってのかブタ共」


「随分高圧的ですね。何を焦っているんですか?」


 ここでは場違いな俺の焦りをよそに妃衣さんは竿だけに気圧されず真っ直ぐにその目を見据える。

 彼女の強さに周りの熱も徐々に上がっていき名も知らぬ男子高校生の非を許さぬという空気を作り上げる。


「チッ。阿保らしい、構ってられっか」


「ちょっと潮田先輩、」


 流石に状況を理解したのか無理やりの撤退を選択し、取り囲まれた輪の中心にいたもう一人の女性は止めようと掴んだ手を強引に振りほどかれて大きく後ろへ飛ぶ。

 打ち所が悪ければ負傷者が出ていたかもしれないこの状況すらも、しかしまさに妃衣花火の策略の内だった。


「おい、潮田こんなとこで何をしているんだ」


 ギャラリーの多さに来た道を戻れずにいる竿だけに声をかける男性。

 俺たち四人の中で唯一の生徒会長でいる小陽洋介こはるようすけは同じ学校の同学年の蛮行を許せる立場にはいない。

 そんな彼も計算されたタイミングでこの場へと介入してくる。


「お前これ……他校の生徒だろ。問題になるぞ」


 全てを知っていてこれが言える演技派の生徒会長に感心と恐怖を覚える。

 妃衣さんに聞いた爆散の難しい点というのは今回のようにひたすら現実を見せつけても何らダメージを受けないタイプとの相手だという。

 だからこういう相手には明確な罪を見える形に作り上げることこそが最も効果的らしい。

 俺も計画の概要を聞かされた時はここまでうまく事が運ぶのかとも思っていたが、俺が加入する前からそのほとんどが完成されていた計画は無事に成功を収めていた。


「お前の噂は何度か耳にしてたが流石にこれは見逃せないな。月曜日生徒会室に生徒指導と校長先生を呼ぶから……お咎めなしで終われるとは思うなよ」


「小陽テメェ……」


 竿だけに対しての爆散はこれで終わる。

 混乱を極めた駅ホームも駆け付けた駅員さんたちによって収集され、次にアナウンスが聞こえるころには今日は帰ることを許された男一人を除いた当事者数名以外すっかり人気はなくなっていた。


「大丈夫ですか咲楽茜さん」


「え……はい」


 残された人の中で唯一状況を掴めない彼女はそんな小声だけ漏らす。

 放心状態の彼女を見下ろす妃衣さんの目からは純粋な心配の色は感じられない。

 そう、俺たちはカップル爆散同好会なのだ。


「直接話すのは一週間ぶりかな……。怪我は、ない?」


「あ、未来君。どうして……」


 何かを考える様子もすぐに変わり、事を察したのであろう彼女は下を向くと話始める。


「そこにいる方達が仕組んだ……いや私の自業自得だよね。未来君は私を笑いに来たのかな?」


 自虐と共に竿待ちは俺を責めるような言葉を放つ。


「まぁ、正直それもあるかな」


 聞かれた質問に素直に答える。

 一瞬驚き顔を上げた彼女も俺の表情を見てかまた下を向く。

 俺が与えられた役割は竿待ちへの爆散への締めの部分。

 その時思ったことを話せばそれが一番ダメージになるとだけ指令を受けた俺はそのままの自分で現状の咲楽茜と向き合っていた。


「本当は何か言ってやろうかとか思ってたけど……」


 そこまで言って言葉は止まる。 

 妃衣花火は最初の会議で俺が関わるだけで咲楽茜へのダメージとなると言って見せた。

 今俺は彼女に対して怒りも同情も慰めの言葉も浮かばない。強いて言うなら本人の言ったとおり自業自得だなといった感じで、まるで他人のような気さえする。

 なるほど。俺が最終的に至ったこの無関心すらも彼女は全てお見通しだったわけだ。

 俺は横を向きここまでの全ての首謀者の顔を見る。


「……作戦はもういいだろ? は与えられただろうし」


「そうですね。私たちも解散しましょう」


 そうして俺は今までに見たことのなかった何かに縋るような表情だけ残した彼女だけ残してその場を去った。

 階段を降り会長とシュガーさんと別れ、俺に呼び止められることを分かっていた妃衣さんと少し話す。


「カップル爆散同好会ね。最初名前を聞いた時はヤバい人だなって思ったし今も別に思ってるけど……確かにすごい手腕だよ」


「あの公園も私が仕込んだことっていうのには気づいちゃったよね」


「まあ、それはね」


 俺はこれまでのことを整理しながら妃衣さんとの会話を行う。

 最初から最後、公園での出会いから咲楽茜に対する感情まで俺の行動、思考全ては掌握されていた。

 俺が自然な流れで爆散に加わり、爆散に対して興味を持ち、自分の役目を全うできるよう彼女の指示で言動でタイミングで操られていたのだろう。


「あの時事情を話せないって言ったのは……知ってしまえば俺が彼女に対して無関心を貫けなくなるから。あの瞬間の彼女にとってはあの場を自分から振った相手に見られて何も思われないなんて屈辱以外の何でもないだろうからね」


「怒っていますか?」


「いいや。正直いろいろとスッキリしたし怒ってはないよ。俺含めてここまで掌の上で転がされるとは思ってもみなかったけど。ただやっぱり気になるな。妃衣さんがカップルを爆散させるようになった理由」


「知りたいですか?」


 自分が思ってる以上に上手く利用されていたと知った今、俺はむしろ彼女の真意を知りたいと思っている。

 人段落がつき、ようやく妃衣花火と対話していると感じたから。

 何度目だろうか、俺の気持ちを察するような彼女の微笑みが俺の目を奪う。


「本当の本当にムカつくだけ……では納得してくれませんよね。……私はわがままだから自分に持ちえない感情を持て余している彼らが許せないだけ。誰かを好きになるっていうのが分からないから、分かっている彼らがそれをただ零している光景が見ていられないだけなんです」


 直接言葉にすれば怒られるだろうが俺の目の前にいるのはまさに恋に恋している一人の少女の姿そのものだ。

 他の人が見ればとても稚拙な動機でまさにわがままだ。

 彼女が語っていた通り、俺に教えたように、彼女にとってもこの爆散という行為は自分の気持ちを晴らすための手段でしかないのだろう。


「思ったより呆気ない理由でがっかりですか?」


 気になる部分はまだあった。だが彼女がこれ以上今の俺に何かを語ることはないだろう。

 それは俺が取った、妃衣花火がそうさせた咲楽茜への無関心とは彼女の言う好きを見す見す零す行為そのもので、彼女が本来嫌う人物像そのものだから。


「妃衣さんこそ、その結論にちゃんと至ってしまった俺にがっかりしてないの」


「……やっぱり三永君って、結構鋭いですね」


「ここで誤魔化すの?」


「ガッカリはしてないよ。ちゃんと馬鹿ップルだなとは思いましたが」


 太陽照り付ける土曜日、彼女はそれだけ言ってサングラスをかけ直す。恐らくこれまでで一番用途に合った仕様の仕方だろう。

 それ以上何も語らず離れていく彼女の背中に、妃衣花火ひごろもはなびを知るにはまだ日が足りないのだと思い知らされた。













 

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