第9話 爆散します

 カフェで行われた会合から数日。俺たちカップル爆散同好会一同はとある駅前にいた。


「こちらHS。MM、状況はどうですか」


 ガビついた音が耳元の機械から聞こえてくる。

 スマホではなくわざわざトランシーバーで意思伝達を行っているのはスマホを別の用途に回しているのと雰囲気を醸し出すためだとシュガーさんは言っていた。 

 ちなみにこのコードネーム的なものはただのイニシャルである。


「こちらMM。東口付近は異常なし。ターゲットは確認できません」


 今駅前にいるのは電車を利用したいのではなく、竿だけと竿待ちのデートの集合場所である現場を目撃するため。

 つまるところ爆散の最終段階である。

 ここまで事がうまく進んだのには理由があった。

 といっても単純だが竿だけが思っているいる以上に女性に目がなかった。

 同好会メンバーで唯一竿待ちの連絡先を持っていた俺はカフェで解散してから妃衣さんの指示の下竿待ちが竿だけをデートに誘うようそれとなく誘導した。

 あの日あった女性から竿だけの趣味などを聞き出しその情報を学校で聞いたとデマで流したり、まだバレていないと思われている四人のメールから竿だけの空いている日を調整したりと。

 呆気ないほど疑われる余地はなく、竿待ちはデートに誘いその内情もベラベラと語ってくれたのだ。


「HHさん。あと30分で正午を迎えそうですがターゲット両名の姿は見えません」


「随分ノリノリなんだね、三永君……」


 そんなことはない。俺はただ雰囲気を大事にしているだけだ。

 休日の昼下がりに男2人女性6人で出かけているというのは上辺だけ見れば羨むものもいるだろうが、当の本人である俺には浮かれている余裕などはなかった。


「あれは…………こちらMM、ターゲットの一人竿待ちの姿を確認。東口へ向けて進行中」


「了解。 竿だけの姿も見えるまではその場で待機していて下さい」


 予定時刻までは聞けていないが彼女の性格上待ち合わせ時間の15分くらい前だろうか。

 俺は知らない服をまとった咲楽茜さくらあかねの姿にそんなことを思う。

 待機命令に従って俺は電柱の影に身をひそめる。

 妃衣さんほどではないがいちよう変装はしてきているのでどうか知り合いにばれないことだけ願う。

 無線に静寂が続くこと数分。時計の針は両端とも最上部を越した。


「なかなか来ませんね」


 正午を回っても現れないもう一人のターゲットをただ待つ。


「こちらHS、こちらHS。西口連絡橋より走ってくる人影を確認。竿だけです」


 集中が途切れかかっていた俺の耳に無線の音が響く。

 俺とは反対の西口に待機していたシュガーさんからだ。


「了解。奇をてらって彼女四名と先輩に出てもらいます」


 心なしか緊張感の増した無線に背中をたたかれた気になる。

 とうとう作戦が実行される。


「お待たせ。悪いな、信号に捕まって少し遅れた」


「いえ、私も今来たところですので」


 今まで使っていた無線からではなく手元の扱いなれたスマホから会話が聞こえる。

 どういった技術かは企業秘密らしいが概ね盗聴器か何かを仕込んでいたのだろう。妃衣さんなら何となくそんなことまでやってのけるという変な安心感がある。

 数か月前の自分に向けられていた機械越しのその声に奇妙な感傷を覚えながら俺は次の指示を待っていた。


「準備はいいですか。階段を上がり改札に入る直前で先輩と彼女さんに出てもらいます。後二分経てば電車が来るので、馬鹿ップル共が順調に進めばそれを合図とします」


「「了解」」


「分かった」


 すっかり軍隊気分の俺とシュガーさんの無線が重なると遅れて会長が返事する。

 ホームに見えた西上高校生徒会長の姿を確認すると小さく頷く姿が見えた。


「こちらMM。ターゲット二名階段を上がり改札へと向かいました」


 俺の報告とほぼ同時に遠目から電車が来るのが見える。

 恐ろしいほどに予定通りの作戦は薄く聞こえるアナウンスと共に最終段階に入った。


「あれ信二しんじ君。こんなところで会うなんて奇遇だね」


 スマホから聞こえるのはあの四名の中でも一番竿だけと連絡を取っていた女子生徒の声だ。


「確か今日は予定があるって聞いたんだけど……。そこの女の人とお出かけ?」


 台本妃衣花火のセリフが読み上げられる。


「潮田先輩彼女はだれですか?」


 想定されたセリフも聞こえる。

 茶番とも思えるほどの作られた修羅場が今開演される。


「あ~~……。元カノだよ」


 そろそろ慣れたいが怖いほど台本通りに話が進む。

 事前の調べで竿だけはこういった状況では割と開き直る傾向にあると妃衣さんは語っていた。 

 それは彼の女なら誰でもいいという思想からくるものらしく、修羅場となっても新しく見つければいいとでも考えているのだろう。


「元カノって……私との関係は何だったの?」


 昼ドラのような展開は更に進む。


「あ~~穴の分際でマジでだるいぞ。もうお前いいから帰ってくんね」


「ちょ、ちょっと潮田先輩。私まだ状況が理解できないんですが」


「ごめんな茜。こいつ未だに復縁迫ってきた俺も困ってたんだ。こんなやつほっといて電車のろうや」


 電車がホームに止まる音が聞こえると竿だけは一層苛立ちをあらわにする。

 ここまでほとんど妃衣さんの手のひらの上でステージは進められ、監督の彼女もこれを逃さない。

 妃衣さんは俺の近くで隠れて待機していた元カノさんと、西口にいたもう二人もその場に向かわせた。


「あれ……潮田さん。おはようござい……ます?」


「潮田くんお友達の方ですか? 初めまして彼と交際させていただいている者です」


「交際って聞こえたんだけど……見間違いじゃなかった、やっぱり信二よね。何で女性を三人もはべらせているの?」


 三人はそれぞれの名演技で畳みかける。

 流石に同様の色を見せる竿だけは予想通りに開き直ると辺りを気にせず怒鳴り始める。


「あ~しらけたわ。お前ら全員穴なんだからぐちぐち言ってんじゃねぇよ。てめえらの代わりなんていくらでもいいるから全員どっかいっていいぞ。てか、本気で俺がお前のこと好きだとでも思ってたんだwうけるね」


 女性五人を前に大見えを切る竿だけ。

 この五人を切り捨ててもキープはまだ四人いるとでも考えているのだろうがそれは許されない。

 何故ならここは不特定多数の人が利用する駅で、しかも電車が到着したばかりでたった今からホームから人がなだれ込んでくるのだから。


「何あれ修羅場ってやつ?」


「うわ~タイミング悪。電車一本早めとけばなぁ」


「女の子五人もいるじゃん」


 全てのタイミングが完璧に重なり辺りは野次とシャッター音で溢れかえる。

 実行数日前、妃衣さんは集めた竿だけの人間性を元にいろいろと考えていた。

 その中でも確実だったのが潮田信二は駅での待ち合わせは電車が駅に来るタイミングに合わせる。おそらく待ち時間をも嫌うせっかちなのだろう。

 だからギャラリーを呼ぶことは彼女にとっては容易いことだった。


「どうも、私たちカップル爆散同好会です」


 計画通りといったドヤ顔で姿を現した彼女はお決まりのグラサンを外すと今までより一層の悪い顔で微笑んで見せた。





 




 





 

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