第2話 勝ち組だとかなんだとか

 爆散? 聞こえてきたそれはそれは物騒なワードチョイスに俺は固まる。

 失恋直後にややこしそうな事に巻き込まれる予感がする。

 上体を起こす途中だったので砂利じゃりの上で体感トレーニングをしているような格好になっているが今はいいだろう。


「あなたたちの噂は聞いていました。というより同じクラスなので度々見せつけられていましたよ、鬱陶しい! 休み時間に聞こえる声でラブラブラブラブ通話しやがって……。何か思い出したら私も一発ぶん殴りたくなりましたよ。一発いいですか?」


「いや、普通に無理ですけど」


 俺の疑問を置いて話を脱線させる彼女と目が合う。元々レールの上を走っていたかはいささか謎ではあるが。 

 まずは見下ろされるような視線関係から改善しようと俺は彼女の右手に制止命令を下しながら立ち上がる。

 上から覗き込まれる形で仁王立ちしていた彼女を見ていたため気づかなかったが抱いた印象より身長は低い。

 俺が170センチくらいのためおおよそ140センチ後半位といったところだろうか。


「なに……ジロジロ見て……」


 立ち上がるなり顎に指をやり勝手に分析を開始した不審者予備軍に妃衣ひごろもさんは疑念の目を向ける。

 妃衣さんには悪いと思いながらも俺はもうしばらく目の前の彼女と記憶の中の1年2組妃衣花火を比べる。


「言おうか迷ったんだけど……。教室と雰囲気違いすぎない? そんなに喋ったことないけどそれでも別人としか思えないんだけど」


 同じクラスのためもちろん今日も存在は認知していた訳だが、俺が放課後の鐘が鳴るまでに見た妃衣花火ひごろもはなびは長めの黒髪が後ろでそのまま流されており前髪も眼鏡の上にかかった基本無口な小声な少女という印象だ。

 それが目の前の妃衣花火は前髪がへアピンで分けられていて目元は見え、毛量を感じさせていた髪も一つに括られ綺麗にまとまっている。

 極めつけはグラサンをかけ声高らかに喋っているその声自体も明るく違和感すら覚える。

 あとマジマジ見た訳ではないがスカートも短い。

 同一人物というなら稀代きだいの大怪盗もびっくりの変わり身だ。


「それはそうですよ。私も爆散が手放しに誉められたことだとは思ってないからあまり目立たないキャラも持っておきたくて。でもクラスメイトを欺けていたと知れて良かったです」


 満面の笑み。

 なるほどそういう理由だったのか。

 つまり俺は自認するほど良くない行為で、変装する必要すらある”爆散”に誘われたということかだ。

 よし、帰ろう。


「そっか、頑張ってねいろいろ。その髪型も似合ってると思うし。うん。振られた直後で俺もショックだしもう帰るよ、じゃ」


 彼女の明るさに影響されてか気づけば自虐できるほどには楽観視できているらしい。

 気持ちの整理がついたと自分を納得させ帰ろうとする俺の進路をまたもや影が塞ぐ。


「ちょ、ちょっと。何帰ろうとしてるんですか!? 本題が終わってないですよ」


「本題って……?」


「爆散ですよ! あの不埒ふらちなカップルを爆散させるんです」


「…………ちなみに爆散って?」


 彼女の勢いにこれ以上はごまかしきれないと悟った俺は最初に浮かんだ疑問に巻き込まれる覚悟を決める。


「そうですね、爆散にもいろいろあるんですが今回はあの馬鹿どもを一発ぶん殴るためですね」


 凄い口の悪さ。

 本当に普段からは考えられない元気の良さだ。


「先輩になんかされたからそれだけ語気が強くなってるの?」


 あまりの嫌いっぷりにその理由を聞き出そうとする。

 

「いえ別に。私は平等に馬鹿ップルが嫌いなだけです」


 よし、やっぱり帰ろう。

 振られた直後で周りのカップルを見たら多少は妬み嫉みが出てくるかもしれないが、平常運転で過激派の彼女とは関わりすぎない方がいいだろう。仲間だと思われたら俺も変装しなければいけないかもしれないし、そんなのはお断りだ。

 

「勘違いしないで下さいよ。私だって誰これ構わずではないです。カップルは嫌いですが爆散させるのは鹿ップルが基本です。それに爆散や殴るといっても本当に人体を爆破させたりするわけではなく主には別れさせる、破局させるのが目的です」


 俺の疑う視線を察知してかそう付け加える。

 本当に爆破させるとは俺も思っていなかったが、無理やり別れさせるというだけでも結構過激じゃないだろうか。だから爆散なんていう物騒なワードチョイスなのかもしれないが。

 気迫に気圧けおされ黙る俺に彼女はさらに続ける。


「あなたから彼女を寝取ったあの3年の先輩にはきな臭い噂があります。何人もの女性と体の関係を持ち貢がせている。しかも他高の女性を狙うことで足がつきにくくしているようです。あなたの元カノもせいぜいセフレの内の一人でしょう、私がこの公園にいたのも先輩を追ってのことです」


――なんだそれ

 俺は突然突き付けられた意味の分からぬ話にさらに口を開けなくなる。

 そんな馬鹿男に騙された元カノも馬鹿だが、その馬鹿にさえ負けた俺は一体何なのだろうか。

 妃衣ひごろもさんはきっと俺に復讐の機会をくれようとしているのだろう。

 でも……これは……。

 今日初めて感じた惨めさにさいなまれる俺の顔を一度確認すると、彼女はまた話始める。


「君は今、私があなたの復讐か逆恨みかを手伝ってあげようとしていると思ってますね? 残念ですが違います。私が、私たちがカップルを爆散させる理由はもっと単純です。それは頭に来るからです」


「え?」


 思いがけない短絡的な思考回路に俺は感情をグチャグチャにされる。


「寝取られたあなたがいたたまれないとか、ダメ男につかまった彼女が可哀想とか、クズな彼氏に天罰をとか。そんな精巧で偽善的な理由は必要ない。ただムカつくから別れさせるし、破局させるし……爆散させるんです」


 この人は今、無茶苦茶なことを言っている。

 無茶苦茶なことを高らかに悪びれもせず確かな信念を持って叫んでいる。


「ここまで極端でなくても電車で騒いでたり、公衆の面前でいちゃついているカップルとか。綺麗事抜きに、あんな奴らが自分を勝ち組だのなんだの言っているの、普通に付け上がるなよカスって思いません? だから私はカップルという元凶そのものと向き合うことにしたんです」


 そう不敵にほほ笑む彼女の眼はそれだけではない何かを孕んでいるように感じたがそれが何かはわからない。

 数日たってこの話をもう一度聞けば、なんだこの馬鹿はと一蹴していたかもしれない。

 でも今俺も思ってしまったのだ。確かにムカつくと。振られたこでも取られたことにでもなく。言葉にし難いがあの存在が何かムカつくと、思ってしまった。

 

 様々な感情が体を巡った放課後。時間にしたら一時間ちょっとだろう。

 俺の中にあった虚無感はいつしかすっかりなくなっていた。


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