第82話 はめられた……!

 確かに合理的で、ある意味効率のいいエドワルド様らしい方法なのかもしれない。

 私一人では、関わり合いすら持てない相手とも会話する機会が訪れれば、その中で私自身を選んでくれる人も、もしかしたら出てくるかもしれない。

 それは、すごく魅力的で。


「他の例を挙げれば、そうですね……。犬はお好きですか?」

「……犬、ですか?」


 けれどエドワルド様の口から出てきたその言葉に、私は一瞬ドキリとしてしまう。

 ステップは間違えなかったので、唐突な言葉に驚いたようにしか見えなかったはず。

 そう自分に言い聞かせて、動揺を隠しながら目だけでエドワルド様を見上げてみる。


「保護した白く美しい犬が、大変賢くて。唐突に、犬の魅力の虜になってしまったのです」

「そう、なのですね」


 その表情は、笑顔のはずなのに。なぜか、先ほどまでとは違って見えて。

 談話室で会話していた時ともまた少し違う、よそ行きの笑顔というよりは。


(何か、鋭いものを感じるような……)


 明確にどこが、とは言い切れないので、本当に勘でしかないのだけれど。

 まるで、何かを探られているような。そんな気分になってくる。


「たとえばパドアン子爵領で、犬を飼っていた経験はありますか?」

「い、いいえ。生き物の面倒が見られるほど、裕福ではないので……。領民の中には、野生生物対策として犬を飼っている家もありますが……」


 しかも犬に関する話題を深堀りしてくるから、緊張と同時に心臓がドキドキとうるさく音を立てる。

 もしかして、私がエリザベスだったことを知られているのではないか。だからこんな質問ばかりされているのではないか。

 後ろめたいことがあるせいで、そんなことまで考えてしまって。


「どのような犬ですか? 私が保護したような、白く美しい毛並みを持っていたり?」

「いいえ、まさか! 短い土色や黒色の毛並みの、人の膝程度の大きさしかない子がほとんどで……」

「いわゆる中型犬ですか?」

「はい。公爵様が保護されたという白い大型犬など、パドアン子爵領では目にしたことすらありません」


 もっと言ってしまえば、野犬を家畜化したようなものが、パドアン子爵領で犬と呼ばれている存在。

 そのため彼らは、時折自分たちで狩りに出かけている。

 だから飢えずにいられるだけで、フォルトゥナート公爵家のように完全に面倒を見るなど、到底不可能だ。

 それ以前に、大型犬も小型犬も貴族や裕福な家柄でなければ、手に入れることすらできないはず。


(あんまり、貧乏な家柄の内情とかは知らないのかな?)


 そんなことを考えながら、受け答えをしていた私に。


「なぜ、大型犬であることをご存じなのですか?」


 鋭い瞳を向けて、こちらを見下ろしてくるエドワルド様は。冷たい声で、そう問いかけてくる。


「……え?」

「私は一度も、大型犬だと口にした覚えはないのですが」

「……っ!」


 一瞬、何を言われているのか理解できなかったけれど。理解できたのと同時に、私は悟ってしまった。

 つまり、これは……。


(はめられた……!)


 最初から、わざとその言葉だけは口にしてこなかったんだろう。そうでなければ、すぐにそんな返しが出てくるはずがない。

 私がボロを出すのを待つためだけに、あえてエドワルド様が発してこなかった一言。


「答えていただけますか? どうして、保護した犬が大型犬だったことを知っていたのかを」


 メガネの向こう側から向けられるのは、見慣れた優しい瞳ではなく。

 真実を追求しようとする、あまりにも冷たい視線だった。





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