第83話 ある意味、賭け
見慣れているはずの青みがかったグレーの瞳が、今はなんだか恐ろしく感じられて。慌てて、視線を逸らす。
そのまま必死に思考を巡らせて、何とか抜け道はないかと記憶を手繰り寄せた私が、ようやく絞り出した答えは。
「……以前、そのようなことをお知らせしていらっしゃいましたよね?」
ある意味、賭けのようなものだった。
「迷子の犬を、保護されていると。その際に、オットリーニ伯爵様からお話を伺ったのだと思います」
実際、犬の姿になってエドワルド様に保護されてすぐの頃、そういった通達を王都に住む貴族にしていたはず。
そんな会話をしていた覚えがあるので、間違ってはいないと思う。
「なるほど。伯爵から」
「はい、おそらくは。……申し訳ありません。あまり、詳しくは覚えていないのです」
その上で、詳細は覚えていないとしておけば。きっと、そこまで疑われることはないはずだろうと。
(思うんだけど……!)
これ以上ボロを出さないようにするためには、これが一番手っ取り早い。それにこれならば、不自然ではないはず。
会話の中でたまたま出てきた話題だったので、詳しくは知らないということにしておけば、深くは追及してこないだろうし。
伯爵様も、公爵様からの通達ならば、
(どう、かな?)
申し訳なさを
思わず、息を飲んだ私は。一瞬テンポが遅れて、エドワルド様の足を軽く踏んでしまった。
「あっ……! す、すみませんっ……!」
動揺を隠すことは、この時点で不可能で。
ただ普通に考えて、いきなり上位貴族に睨まれた下位貴族の娘ならば、このくらい動揺してもおかしくはないし。
そもそも、こんな状況下で冷静でいられるような教育を施してもらえるのは、裕福な家柄だけだから。
もう開き直って、思いっきり動揺してますというのを見せることにしてしまう。
「あ、あの……。私は何か、公爵様のご不興を買ってしまったのでしょうか……?」
怯えた表情で見上げれば、逆に驚いたような表情のエドワルド様。
(いやいや。どうしてそこで驚くんですか)
誰がどう見ても、弱小貴族令嬢が詰め寄られている図なのに。
まさか、今自分がどんな表情をしているのか自覚がない、なんてこともないだろうし。凍てつくような視線を向けられて、怯えない令嬢のほうが少ないだろう。
しかも相手はただの公爵様ではなく、この国の宰相閣下。
(怖いにもほどがあるでしょ)
と、私は素直に思うのだけれど。
「どうして、そのようなことを?」
「……はい?」
どうやらご本人には、自分が何をしているのか自覚がなかったらしい。
思わずそのことを問い詰めたくなってしまったけれど、さすがにそれはグッとこらえて。
でも、これだけは聞き返さずにはいられなかった。
「どうして、とは? どのようなことでしょうか?」
そもそも、何を指しての「どうして」や「そのようなこと」なのか私には不明なので、答えようがないのだ。
おそらく、それを理解してくれたのだろう。ハッとしたような表情で、こちらを見たエドワルド様は。
「なぜ、不興を買ったなどと思われたのでしょう?」
真剣に。本当に何も分かっていない表情で、そう問いかけてきたのだった。
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