第81話 本人からの提案

 そもそも受け入れた時と受け入れなかった時の、それぞれの問題点は何なのか。


(受け入れなかった時は、分かりやすいよね)


 パートナー不在の可能性。

 とはいえ最悪の場合の手段はあるので、社交界デビュー当日を乗り切ることはできるはず。

 問題は、そのあとにちゃんと嫁げるかどうか、だけれど。


(でもそれは、エドワルド様の提案を受け入れたとしても同じことだし)


 むしろデビュタントがエドワルド様とファーストダンスを踊るとなると、一気に注目される可能性は高い。

 その場合、女性や高位貴族から目をつけられる可能性も、高くはなるけれど。


(同時に、興味を持ってもらえる可能性も高いんだよなぁ)


 公爵様であり、宰相様。そんなエドワルド様に、一時とはいえパートナーになってもらった令嬢として。

 その一瞬だけとはいえ、ただの貧乏子爵家の令嬢でいるよりは、価値も上がるはず。


(っていう考え方自体、あんまり好きじゃないんだけどね)


 とはいえ、貴族として生きていくというのは、そういうこと。利用できるものは、何でも利用すべき。

 特に今の私は、全戦全敗。お断りのお手紙しか、頂けていないわけだから。

 本来であれば、すぐにでもエドワルド様の提案を受け入れるべきだと。冷静に考えられるようになった今、思いはするけれど。


(……そういう風にエドワルド様を利用するの、何か嫌だなぁ)


 個人的な意見としては、それが答え。

 いくら婚約者がいない相手とはいえ、今後のことを考えるとあまりよろしくないことでもあるし。

 それに恩人でもある人物を、こちらの都合で利用するのは気が引ける。いくら、本人からの提案だったとしても。


「私では、お役に立てそうにありませんか?」


 真剣に悩んでいる私の様子を見て、そう声をかけてきたエドワルド様。

 考えていることが筒抜けになっていることに、驚きと同時に恥ずかしくもなってしまったけれど。

 それ以上に。


(その言い方って、つまり……)


 自分を利用して、本物のパートナーを見つければいいと発言しているのと同義。

 役に立つ、なんて。そうでなければ、出てこない言葉だろうから。


「公爵様……」

「利用していただいて、一向に構いません。むしろ、こちらからそういった提案をしているのですから」


 思わず真っ直ぐ見上げてしまった私に、ハッキリとした答えを返してくれるエドワルド様。

 つまり、初めから。私が結婚できるように、少しでも手助けしてくれるつもりで、パートナーに名乗りを上げたということ。

 それに関しては、素直にありがたいと思う反面。


(だったら、いっそ……)


 誰かいい人を紹介してくれるだけでいいのに、と思ってしまうのは、傲慢ごうまんだろうか?

 とはいえ、宰相閣下の紹介を断ることは、私にも相手にもできないことだから。押し付けになってしまわないようにという、エドワルド様なりの配慮なのかもしれない。


「そもそも言葉すら交わさず、相性など分かるわけがありませんから。まずは会話する機会を作ることが、何よりも大切ではありませんか?」

「それは……そう、ですね」


 今までは手紙での打診だけで、実際に会ってもらうことなんて一度もできなかった。

 このままでは、同じことの繰り返しで。結局、貧乏子爵家の令嬢としてしか見てもらえないのも事実。

 考え込む私に、エドワルド様はさらに言葉をかけてくる。


「たとえば、体を動かすことはお好きですか?」

「え? あ、はい」

「私も、こう見えて体を動かすことは好きなのですが、それを言うと毎回驚かれるのです」

「……確かに」


 思わず口をついて出てきてしまった言葉に、エドワルド様は小さく笑う。

 意外と動くことが得意だということも、力が強いということも、最初は知らなかったし想像もできなかったから。驚きと共に理不尽すら感じたことを、よく覚えている。


「言葉を交わす機会すらないままでは、相手のことを知ることもできません。同時に、自分自身を知ってもらう機会も訪れないのです」


 だから、そのために自分をパートナーにして利用しろと。エドワルド様は、そう言いたいのだろう。

 ただの貧乏子爵家の令嬢としてではなく、アウローラ・パドアンとしての私を知ってもらう、その機会を作るために。





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