第37話 今日だけ特別に

(まさか、床の上で寝るなんて……)


 自分の行動に衝撃を隠せないけれど、誰にも見られていなかったのは不幸中の幸いだと思いたい。

 犬の姿なので、別段おかしなことではないけれど。やはり中身令嬢としては、許されざる失態である。

 とはいえ。


「エリザベス? どうした?」

「わふぅん」


 一人落ち込んでいる私を見て、不思議そうに声をかけてくれたエドワルド様には、すり寄ることで誤魔化しておいて。

 誰にも知られないまま、自分の中で二度としないぞという決意と共に、忘れないように教訓として覚えておくことにした。

 眠い時は、素直にソファーで待っていよう、と。


「新しいボールに、随分とはしゃいでいましたから。疲れているのかもしれません」

「あぁ、なるほど。確かにそうかもしれないな」

「わふ」


 ディーノさんの言葉も、間違ってはいないので。二人の言葉に頷いておくことで、この場はやり過ごして。

 そのまま、いつも通り食堂へと向かって。エドワルド様の食後の紅茶の時間まで、夕食を待っていた私の目の前に置かれたお皿の中身を見た途端。


「わふぅ!?」


 その豪華さに、思わず驚いてしまった。

 具体的に言えば、普段よりもお肉の比率がかなり高くなっていて。もはや、ほぼお肉。

 倍量どころではないそれは、今までで一番強く、香ばしい匂いを放っていた。


「お前のおかげで、今日は一日調子がよかった。その礼だと思ってくれればいい」

「わふん」


 私が驚いたことに気付いたらしいエドワルド様が、すぐに答えをくれたので。ありがたく、気持ちもお肉ももらっておくことにして。

 上機嫌で、ゴロゴロのお肉がたっぷりと入っているごはんに口をつけた。


(そういえば、ディーノさんが夕食を豪華にしてくれるって言ってたもんね)


 きっとディーノさんからもエドワルド様からも言われて、料理長が今日だけ特別に作ってくれたんだろう。

 もしかしたら、明日以降も少しだけお肉の比率が高い状態で提供されるかもしれない。

 とはいえ、野菜不足になっても困るので。そのあたりの計算は、きっとされた状態で出されるのだろうけれど。


(たまには、いいよね!)


 そう、自分の中で結論づけて。

 はぐはぐと、しっかりと噛みしめながら夕食を楽しんでいた私は。

 その姿を食堂内にいた全員が、微笑ましそうに見ていたことに気付くこともないまま。

 お腹も心も満たされた状態で、夕食の時間を終えたのだった。


(ごちそうさまでしたー! 美味しかったー!)


 口の周りのペロペロが止まらないのは、本当に美味しかった証拠。

 お肉の香りが、まだ口の中に残っている気がして。その余韻まで、しっかりと味わう。


「ディーノ、あとは頼んだ」

「承知いたしました」

「マッテオ、急ぎの書類があれば、部屋まで持ってきてくれ」

「かしこまりました」


 私がそんなことをしている間に、どうやら色々と話は進んでいたようで。

 席を立つエドワルド様についていこうとしたら、ディーノさんに止められ。


「エリザベスは、しっかりと手入れをしてからだ」


 なぜかものすごくいい笑顔で、そう言われてしまったのだけれど。

 まぁ、ようするに。


(エドワルド様と同じベッドで寝るための、準備があるだろう、と)


 そういうことですねという諦めの視線を向ければ、しっかりと頷かれてしまう。

 マッテオさんといいディーノさんといい、どうして言葉は通じないはずなのに、理解できてしまうのか。


(やっぱり、確実に親子だよね、この二人)


 そういう情報は、いまだに手に入れられていないけれど。個人的な勘では、まず間違いないだろうと思っている。

 似すぎているオールバックの二人を見比べながら、私はエドワルド様の背中を見送った。





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