第36話 恩を返すつもりで
「何年ぶりだろうか。こんなにもしっかりと体を休めることができたのは」
目覚めたエドワルド様が、誰に聞かせるでもなく一人呟いた言葉は。どこか、信じられないとでも言いたげで。
けれど徐々に上がっていく口角を、すぐ近くで見上げている私は見逃さなかった。
(やっぱり、本人的にも眠れないのはつらかったのかな)
だからこそ、自然と笑みがこぼれそうになっているのだろう。
体の調子がいいことで、多少機嫌もいいのかもしれない。
ちゃんと眠ってくれたことを確認出来た私も、これでひと安心できる。
「やはり、エリザベスが鍵でしたね」
「あぁ。これは、大きな発見だな」
ただ、エドワルド様とディーノさんの間で繰り広げられる会話は。
(嫌な予感しか、しないんだよなぁ)
そもそも、私を抱き枕にするという案が最も効果的だと認識されてしまったということは。
「今夜も、同じ手はずで頼む」
「承知いたしました」
当然、この状況が続けられるということで。
(ですよね!)
としか、私には言えないのだ。
実際には言葉にすることはできないけれど。
「さて、エリザベス。朝食にしよう」
「わふ!」
とはいえ、どこか上機嫌なエドワルド様は、今まで以上に爽やかな笑顔をしているし。
空腹を訴えかけてくる本能に抗うことをやめた私は、その言葉に元気に返事をする。
犬化が進んでいる? むしろこうなったら、一時でも人間であることを忘れていたほうが、戸惑いも羞恥心も置き去りにできるというもの。
(寝る時から起きた直後ぐらいまでは、子爵令嬢のアウローラだということを思い出さないほうが、幸せになれると思うし)
相手に何の意図もないまま、ただ振り回されるよりは。居候の犬として、恩を返すつもりで。
そもそも本当の犬と飼い主だったら、そこまで変なことでも気にする事でもないだろうから。
自分にそう言い聞かせて、必要とあらば宰相閣下の抱き枕になることを受け入れることにした。
(これで本当にしっかりと寝てもらえるのなら、ちゃんと役には立ててるってことだし)
むしろそう思うくらいじゃないと、やっていられない。
人間の姿に戻る方法が分からない以上は、まだまだお世話になることになるのだから。
犬の姿でも役に立てることがあってよかった、という風に捉えておくのが一番いい。
(本当に、寝ている間に元の姿に戻ることのほうが怖いくらいだし)
とはいえ、いつまでもこのままというわけにもいかない。
私自身も早く戻らなければならないし、そのためにはどうにかして人間に戻る方法を探さなければならないのだ。
いまだに、手掛かり一つ見つけられないのが現状ではあるけれど。
「エリザベス。今日は帰ってきたら、思い切り遊んでやろう」
「わふん!」
朝食をしっかりと完食した私に、エドワルド様はそう言って頭を撫でてくれて。
そのまま二人をお見送りしたあとは、食後の休憩とばかりにひと眠り。
結局変化したのは夜の行動だけで、昼間は基本的に今までと同じ。芝生の上を駆けまわって遊んで、疲れたらどこかのソファーの上で、眠りに落ちる。
そうしてエドワルド様の帰りを待って、戻ってきたら朝の宣言通り、思いっきり遊んでもらって。
「布と棉で作られたボールですか」
「今までの物よりは多少大きくはなるが、大型犬ならば問題ないだろうとのことだった」
「投げるもよし、咥えさせて引っ張り合うもよし、だそうですよ」
新しい、柔らかいおもちゃのボールについて、マッテオさんが説明を聞いているみたいだけれど。私は、それを聞いている暇すらなかった。
今までよりは跳ねないので、咥え損ねても遠くには行かないけれど。その分空中でキャッチできることが増えたので、それはそれで楽しくなってしまって。
その結果、しっかりと疲れ果てるまで遊んでもらうことになり。
エドワルド様の入浴中、廊下で寝落ちてしまったことは、ここだけの秘密である。
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