第9話 豪華な執務室

 そうして、エドワルド様についていった先で。


(う、っわぁ~~)


 私が見たのは、落ち着いた色合いでまとめられているけれど、使われている素材は明らかにいいものばかりであろう、豪華な執務室。

 オットリーニ伯爵家の執務室には入ったことがないから、分からないけれど。少なくとも、我がパドアン子爵家の執務室とは比べ物にならないくらい、素敵な空間だった。


「私は今から仕事をする。大人しくしていられるのなら、お前は好きなように過ごすといい」

「わふ!」


 告げられた言葉に、もちろんお仕事の邪魔はしませんの意味も込めて、元気に返事をすれば。


「いい子だ」


 フッと笑って、エドワルド様は宣言通り執務机に向かって仕事を始める。

 その姿を少しだけ眺めてから、お腹がいっぱいになった私はとりあえず、本能に従って眠ることに決めて。


(さて、どこにしようかなぁ)


 正直、床でも問題はなさそうではある。フカフカの絨毯じゅうたんの上なら、きっと柔らかくてあったかい。

 とはいえ、これでも一応子爵令嬢。今は犬の姿だけれど、本来の人間の姿で考えると床の上で眠るのは、さすがにちょっと問題がある。

 となると。


(やっぱり、ソファーかな)


 大人の男性二人が、余裕で座れそうなそこならば。大型犬と言われているこの体でも、きっと窮屈きゅうくつには感じないはず。

 エドワルド様は、好きに過ごしていいって言っていたから。もし問題があるようだったら、きっと最初に教えてくれていただろうと信じて。


(本当にダメだったら、その時に注意されるだけだし)


 白い毛に覆われた犬の前足を、そっとソファーの縁に乗せてみる。

 自分の手のはずなのに、明らかに足としか言いようがない形をしていることが、どうしても気になるけれど。その違和感は、ソファーの柔らかさに衝撃を受けたせいで、一瞬でどこかに吹き飛んでしまった。


(なにこれ!? こんなにふっかふかなソファーが存在するの!?)


 オットリーニ伯爵家のソファーだって、ここまでフカフカじゃなかった。

 確かに我が家のソファーに比べれば、伯爵邸のソファーもイスも、全部すごかったけれど。

 ここは、それ以上。


(嘘でしょ……? パドアン子爵家のベッドですら、こんなに柔らかくないのに……)


 改めて、我が家が貴族としては貧乏なのだということを自覚させられる。

 そもそも伯爵家の時点で、私はかなりの衝撃を受けていたのに。まさかそれ以上の衝撃が、王宮以外であるなんて。想像すら、していなかった。

 正直王宮は、この国の最高級の物で揃えられていると思っているから。きっと初めての社交界では、色々と衝撃を受けるんだろうなと思っていたのに。


(それよりも前に、オットリーニ伯爵家以上を体験することになるなんて)


 夢にも思わなかった。

 とはいえ、前足をかけたままで止まっているわけにもいかず。思い切って、一気に飛び乗った私の体は。


(う、っわぁ~~……!)


 まるで包み込まれるかのように、ゆっくりとソファーに沈んでいって。

 あまりの心地よさに、一瞬これをベッドにしたいとまで考えてしまったけれど。


(これ、最高すぎる……)


 人間の姿だったら、完全に表情に出てしまっていただろうなと思うくらい、うっとりとした気分のまま。完全に脱力して、柔らかなソファーに身を預けていたら。

 いつの間にか深い眠りに落ちていて、ある意味で本当にベッドにしてしまっていたと気付いたのは、翌日の朝になってからだった。

 そのことに、喜ぶべきなのか悲しむべきなのかもよく分からなかった。


 ただ、一つだけ言えることは。


(まだ、お仕事してる……)


 私がどこで眠ってしまったかよりも、エドワルド様が夜通し机に向かってお仕事をしていたことのほうが、よっぽど問題で。

 そしてそれを、誰もとがめに来なかったという事実が。私にとって、一番の衝撃だった。





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