第8話 飼い主なんて存在してない
そうして気がつけば、欠片ひとつ残さないほど綺麗に食べ終えた私は。色々な意味で満足して、無意識に口の周りをペロペロと舐めていた。
人間の時には一度もやったことのない仕草だから、きっと犬の本能的な行動のひとつだったんだろう。
ただこの時には気がつかなかったけれど、犬に姿を変えられた初日からこんなにも馴染みすぎていたことに、あとから考えて愕然としたけれど。
「さて。食事に満足してもらえたところで、お前の意思を確認しておこうか」
「わふ?」
今は本当に、それよりも大切なことがあるから。
まずはエドワルド様の言葉に、真剣に耳を傾けてみることにした。
「残念ながら、今日中に飼い主の元へ返すことは不可能だ。早くても
そもそもにして飼い主なんて存在してないんだけどなぁと、さっきも同じようなことを考えたけれど。どうせ口に出しても鳴き声にしかならないので、黙って話の続きを待つ。
「万が一、飼い主が今日中に捜索届を出していた場合には、誰か使いを寄こすつもりではいるが。その
「……わふぅ?」
言われていることの意味が正確には
「想像していた以上に賢いようだからな。好きなところで過ごすことを許そう。外はまだ雨が降っているから、さすがに許可はできないが」
「わふっ!」
なるほど、そういうことかと。ようやく納得して、ひと声返事をしておく。
つまりこのお屋敷の中ならば、私はどうやら本当に好きに過ごしていていいらしい。
「あぁ。もちろんお前の飼い主が見つからない間は、我が家でしっかりと面倒を見てやるから。そこも心配しなくていい」
「わふん!」
それはありがたい!
正直、今の私には行く当てもないし。おいてもらえるだけでも、本当に助かるから。
「飼い主の元に帰るまでの間、どこでどう過ごすかはお前の自由だ。食事の時間だけは、こちらで指定するがな」
「わぉ~~ん」
しかも、食事つき! これは本当にありがたい!
お礼の意味も込めて遠吠えをしてみせれば、今度こそエドワルド様は嬉しそうに微笑んで頷いてくれた。
「では、私は執務に戻る。困ったことや要求があれば、近くにいる人間に知らせてくれ」
どうやら私が食堂に連れてきてもらう前に、すでに食事は終わらせていたようで。そのまま立ち上がって、出口へと向かう後ろ姿に。
(今のところ、このお屋敷の中で出会った人の中で、エドワルド様が一番偉い立場のはず)
そう思えば、自然にそのあとを追う形になっていた。
これが私の、人間としての勘なのか。それとも犬の本能として、リーダーについていこうとするという特性なのかは分からないけれど。
どちらにしても、たぶんそれが今は一番正しいような気がしたから。
「……私に、ついてくるつもりなのか?」
「わふっ!」
当然というように返事をしてみせれば、少し驚いたような顔をして振り返ったエドワルド様が、柔らかな表情をして。
「そうか……。自由に過ごしていいと告げたのは私だからな。いいだろう」
「わふん!」
私が斜め後ろで立ち止まったのを確認してから、再び前を向いて歩き出したのだった。
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