第9話 お前を完璧に縊り殺す
背後で大爆発の音がした。騒音に驚いた鳥たちが、一斉に森の上を飛び始める。睡眠妨害したに違いないので、心の中で謝罪した。
振り返ると、煙が上がっていた。シニミが反撃する前に、先手を打つという手段である。
決意のソウル――――
両眼の周りに魔力をまとい、視力を強化する。普段は腕や脚の筋肉にするので、少し新鮮な気分だった。同時に、これが終わったら頭痛がするのだろうとも察していた。実は、毎回使い終わったら、強化した部分が筋肉痛になるのだ。とはいえ、次の日には治っているが。
「ただでさえ片目じゃないってのに、視力を底上げすると……色々見え過ぎる!」
『どのくらいです?』
「煙の中にいるシニミの動きが、明確に。指の動きですら、丸見えですよ!」
『千道……君の魔法、【恐怖を乗り越える道標】ではなく、【お前を完璧に
「嫌ですよ!?」
『冗談です』
全力で拒否した俺は、崖の上から飛び降りた。標的へダイブする途中に、笑い声が漏れているテレスコメモリーを両手で握り締める。次に両腕を強化し、思い切り怪物の身体を叩いた。
断末魔を上げたシニミは、脳天から紺色の血を出しながら倒れた。腹の中にあった深緑色の一つ目玉が、ぎょろぎょろしながら飛び出た。少し転がった後、俺の方に振り向いた。
『あの目玉を叩き割ったら、消滅します。気持ち悪いですけれど、我慢しやがれください』
目玉から魔法砲が出て来たが、即座に避ける。煙が晴れてきたと同時に、走り出す。最後の悪あがきのようにして、跳ねながら逃げようとする。もっと言えば、腹の中に帰ろうとしている。
復元してしまったら、糞シャワー作戦は失敗に終わる。それだけは絶対に阻止したい。脚まで強化したので、後で全身筋肉痛に悩まされるのは確定した。それもこれも、全てナイトメアのせいにするのだ。
「ちょっと良い服を着せたのは、最期の思い出にさせるつもりだったのか? 俺はまだまだ生きるからな、次もカッコイイ服にしてくれよ! あと、片目のままで良いぞ! 両目はチカチカする!」
今も聞いているのかは分からないが、呪いによって着せられた服装の感想を述べた。いつもの生活ならば、絶対に着ないであろう格好。箱へ戻ったら、全て消滅してしまうのだろう。また、ソフィスタの制服へと戻る。
正直に言うと、『たまには着ても良いかな』と思うくらいには、気に入っていた。住民に写真を撮ってもらったが、あれも消えてしまうのだろうか。『どうか残っていますように』と、願いを込めながら目玉を一刀両断した。
シニミの身体も目玉も、完全に消滅した。召喚陣も消えており、波が押し寄せて来る。海の匂いと漂うのは、糞による悪臭だった。崖をよじ登るのではなく、緩やかな坂から帰宅する。
『あのシニミは、ギョロボコと言いますよ。ランクも低いので、千道の敵ではねぇです。まぁ、普段はこの国にはいねぇですけれど。ナイトメアも、シニミの種類によって配置を決めているようですね』
「詳しいですね。過去に遭遇したことがあるんですか?」
『えぇ。ランクが上なのは中々ねぇですが、毎日英雄と討伐しに行ってましたからね。十二年間封じ込められても、記憶は残っています』
当時は、勇者さんよりも英雄さんが次々と倒していたようだ。彼は、突っ走る彼女に追いつくだけでも苦労したと話す。足を引っ張らないように、後ろから周囲を見渡すのが癖になっていたらしい。
空を見ると、星が見えた。薄い雲が少しあるくらいなので、小さい光もよく見える。彼女は、どこかで見守ってくれているのだろうか。テレスコメモリーを上にかざすと、疑問の声が漏れてきた。伝説の片割れに微笑んで、宣言する。
「俺、絶対にナイトメアを倒します。英雄さんと勇者さんが、笑顔でいてくれる未来を作るために、放浪しますよ」
『……そうですか。君と一緒なら、退屈はしねぇかもしれませんね』
お互い笑顔になりながら歩いていると、DVCに着いた。営業時間外なので、一般人は入れない。俺は、正団員しか知らない裏道を通り、母屋から外れている古い家に辿り着く。
手洗いが終わり、鏡の前で自分を見つめる。この両目やイカした衣装とも、お別れである。談話室に行き、テーブルの上に置いてある紙を見る。元は箱だったのに、平面図へと変貌したのだった。
「あれ、文章が消えている」
『呪いに打ち勝ちましたからね。形だけでも良いんで、建て直したら終わります』
テレスコメモリーを置いて、深呼吸をする。茶寓さんを待っているだけなのに、えらい目に遭った。けれど、悪夢にとっては検討違いの結果となったので、満足はしている。
他の国にも、この禁止魔道具は置いてある可能性がある。その時になったら、また決意を抱いて開いてしまうのだろう。慎重にと言いながら、突き進むのは俺の性ということにしておこう。
「では……行きます!」
組み立て直すと、勝手に箱型へと戻っていった。そして口が開いて、光が溢れ出てきた。勇者さんに手を振りながら、俺は吸い込まれていった。
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