第7話 人間の敗北
崖の上からの奇襲を成功させるためには、材料が必要になる。野球ボールほどの大きさにし、形が崩れないように補強する。鶏糞一袋分は、一時間足らずで使い切ってしまった。朝からこの作業をしたので、空腹が加速した。
レットゥギャザーに行き、朝食――食パン、サラダ、牛乳瓶――と、翻訳薬と小さい大砲を買った。球を入れて紐を引っ張れば、勢いよく飛んでいく仕様らしい。カートが倒れる前に、両脚を強化して追いつく。テレスコメモリーがあるだけで、ずいぶんと買い物が楽になった。
「なんで大砲も売ってるんだよ」
『簡略化されているので、すぐにブッ壊れちまうと思いますが。あの店、品揃えは素晴らしいですよね』
ドスやダイナマイトという、絶対に使用しないであろうモノもある。とはいえ、違法では無いらしい。どうやって規則を潜り抜けたのか、俺には分からない。
大砲の説明書によると、千発撃ったら十秒後に装置が大爆発するらしい。すぐに離れないと、巻き添えを食らうに違いない。逃げ道のルートも確保しておかなければならない。
「鶏糞だけで、百五十個です。まだまだ足りません」
『どうしますか、千道。依頼の報酬変更は原則として不可ですし、そもそも動物の糞なんて簡単に手に入りませんよ』
「……いえ。一つ、可能性があります」
そう言った俺は、家から出る。日中は依頼をこなす。お礼を言われた時に、「今日の夜は、ソーリヒ森に行かないように」という注意喚起をしておく。国民たちは、理由を追求しなかった。恐らく、シニミや猛獣がいるという認識なのだろう。それも全て、ソフィスタである俺が解決してくれると、信じてくれているようだ。
普段なら郵送で報酬を送るらしいが、この国は手渡ししてくれる人が大半だ。リュックの中に入らなくなってきたら、一時帰宅して整理する。
今日も全ての依頼を解決した。とはいえ、十二件しかない。本来ならば、これより多く引き受けるらしい。俺も他国に行けるようになったら、三十くらいに跳ね上がるのだろうか。
夕刻になったので、翻訳薬を飲んでから浜辺に向かう。シニミが召喚される西側ではなく、一番最初に俺が遭難した場所である。住宅地を抜けて、草原を歩くペンギンの列の最後尾についていく。
海辺に着いたので、しゃがんで青黒い面を眺める。太陽は真反対に沈んでいるので、あまり見通しが良くない。それでも、俺の目の前まで泳いでくる存在は、とても目立っている。
「こんばんは、ボジーさん」
「よォ、新入り。オレサマに何の用だ?」
左目の上に、バツ印のいかつい傷跡があり、子分であろう取り巻きと一緒に顔を上げたのは、アザラシのボジーさんである。一昨日、俺が転がり大会に参加させられた原因だ。余談だが、メスの方がオスよりも身体が大きくなるのが、通常らしい。彼女も例に漏れず、この国で一番のずんぐりむっくりとなった。
「お願いします! 俺に糞を恵んでください!!」
「良いぜ。オレサマに勝てたらな!」
岩場の上で、両膝を曲げて座る。前に両手を差し出すと同時に、頭を勢い良く下げた。冷たい表面が皮膚に伝わり、頭蓋骨が冷える。アザラシのドンは、潔く承諾してくれた。
「一昨日は転げ落ちていたなァ、人間の敗北は見てて清々しいぜ」
「今日は勝ちます!」
勝負の内容は、彼女の後ろをついていくことである。単純そうに見えるが、もちろん水中だ。窒息死しないようにと、頭の周りを泡で覆ってくれた。とはいえ、これも永久ではない。十分以内に、ボジーさんが作り出すリングを全て潜ると、ありったけの糞を分けてくれるようだ。
「行くぜェ、新入り! へばるんじゃねェぞ!」
「はい!」
ボジーさんが飛び込んだので、続けて海の中へダイブする。リュックとテレスコメモリーは、置いて行った。子供のアザラシたちも、一緒に泳いでくれる。ドンが一回転したら、尻尾から生まれた泡がリングへと変貌する。しっかり潜ると、取り巻きが拍手してくれた。
距離としては、岩場から離れない程度に一周しているだけなので、遠くへは行っていない。ゴールは、スタート地点と同じである。七個ほど潜り終わったら、アザラシは水面に顔を上げた。
「スゲーな! 一昨日よりも上手くなってるじゃねェか! 約束通り、オレサマの特性グアノをプレゼントしてやる」
「ありがとうございます!」
挑戦状に成功したので、アザラシの群は陸を歩き始める。荷物を持ってついて行くと、白い物体があった。これは岩ではなく、
「びしょ濡れになっちまったんだから、風邪引くんじゃねェぞ!」
気づかいの言葉を貰い、崖を登って家に帰った。服をハンガーにかけ、少しでも早く乾くように広げる。身体が冷えてはいけないので、おんぼろの風呂に入って温める。
着替え終わったら、大きなグアノを砕いてボール状にこねていく。彼女たちのおかげで、とても潤ってきた。これで今夜の戦いは、有利に進められるだろう。
「……俺、こんなに糞を触るのは初めてですよ」
『変な作戦ですよね、これ。千道じゃなかったら、絶対に別の策を考えているに違いねぇです』
出現する場所が分かったならば、もっと効率が良い行動を取っているのだろう。俺は頭が回らなかったので、下品極まりない作戦を実行しようとしている。茶寓さんが見ていたら、ドン引きされていたかもしれない。
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