目の前には見知らぬ世界が広がっていました。断言します。絶対うちの近所じゃないです

「ヘルプミー?」


「お前もしやトツクニの住人か??」




 トツクニ?光圀の類語?僕は顔面蒼白になりながら必至こいてトツクニ、という単語を脳内検索し始めた。断っとくけど小テストだってこんなに灰色の脳細胞をフル稼働させた覚えはない。全く聞いたことのない単語だぞ??


 とっくにを言い間違えた?それじゃ住人がくっついてくるのがおかしい。じゃどっかの国の名前?トツなんて国あったっけ?いやあったらそっちの方が怖いわ。第一僕は日本の北関東近郊の田舎町在住の高校生だ、トツなんて聞いて事ねぇし??いやだからまずここはどこなんよ??


「僕トツクニなんて国知りません、だいたいここどこなんですか??!」


 質問返しをしながら僕は顔をあげた。


 え?

 は?

 いや、なにここ。


 おじいちゃんの家の床の間に飾ってあった宝石で出来た木、っていうのか珊瑚の幹に枝ごとに翡翠とか緑メノウ、赤メノウ、シトリン、虎目石、アメジスト、縁起のいい貴石を飾った五色の綺麗な盆栽があったっけ。

 あんな感じの黄金色の透き通った宝石が茂った木が一面に広がっている。まるで輝く黄金の樹海だ。


 で、このおっさんたちなに。


 やたらきれいなさらさらの金髪をなびかせて僕を見遣るおっさんたちの背中には三対の羽根があった。鳥の翼じゃない、虫の翅だ。自然豊かな郊外の渓流とかにいるイトトンボみたいなキラキラした青い翅が背中から生えている。


 おいおいおいおいおいおいおいおいなんの冗談だよ悪い夢だろこんなのああそうだこれは夢だ間違いない僕は岩窟の途中で寝てしまっているんだ、きっとそうだそうに違いない。



 人間、度を越えたショックを体験すると色々感じ方がおかしくなるときいたことがある。残念なことに今の僕がまさにそれだ。

 翅の生えたおっさんの目の前で岩壁に背中をこすりつけあひゃひゃひゃひゃと笑い転げあらん限りの狂態を繰り広げていた。

 いやだって、翅の生えてる人間なんているわけないっしょ。現実に?そこまでしてそのイベント撮影の世界設定守らなくたっていいじゃないか??手の込んだ二重三重ドッキリじゃあるまいし部外者相手にそこまでやるかおい?もうさっさと出て来いよ撮影スタッフさんよ。撮れ高としちゃもう十分だろ。

 そうして狂ったように笑い転げる僕をもう一人の僕が否定しにかかる。

 僕があの廃墟にいることは誰も知らないはずじゃないか?それにイベンターだって僕を騙す理由が無い。本当にイベンターならさっき集められていた児童生徒がメインでその後を追わなきゃならない。だからとっとと「ここは田舎町郊外につくった特設セットだ、撤収するからとっとと帰れ」っていうはずじゃないか。ドッキリならなおさらだ。



 いやそうだろうさ。そうだろうとも。ほんとに冷静だな、もう一人の僕は。



 流石になんとなく理解はしてきた。納得いってないけど理解はしてきた。


 ここは日本じゃない。日本どころか地球じゃない。知らん場所だ。最悪妖精の世界とか、多分そんなとこだ。


 とにかく帰る方法を聞き出せ。こんな場所、とっととおさらばするぞ。


「すいませんね、取り乱したりして。あらためてここはどこなんですか」


 丁寧に問いかけると、イトトンボの翅のおっさんたちは、僕とお互い顔を見合わせて、それからうんと頷いた。


「やっぱりトツクニの人間だ」


 この知らない世界から見てトツクニと呼ばれる世界が僕のいる現実世界ということだな?


「たまにあるんだよ、こういう事例」


 おっさんの一人がやっちまったな、気の毒に、といった顔で僕を見つめる。


「僕、トツクニに帰りたいんですよ。帰り方分かりませんかね」


 そこに。


 メキシコサラマンダーの鰓をものすごく派手にして、身体を細長くひきのばしたような長躯の生き物が空から姿を現した。


 降りてきたが、手足をばんざいするように広げて、二度三度、腹でバウンドして止まった。まるで飛行機の胴体着陸だ。どんくせぇ。


「報告にあった数の合わない奴隷とはお前のことか」


 しゃべった。メキシコサラマンダーしゃべった。いや、メキシコサラマンダーがしゃべったんじゃない。背中に誰か乗っている。派手な鰓に隠れて見えなかっただけだ。


 乗っていたのは、またこれもさっらさらの金髪に今度は南国の蝶々の翅を背負ってふわふわのベールを身体に巻いた美形様だ。


 美形様が翅を広げてメキシコサラマンダーから降りてきた。その降り方がまた、映画のワンシーンみたいにめっちゃ綺麗で、ほんとに映画だったら間違いなく先行公開の見せ場とか名シーンに挙げられるやつだよ。ちょっとむかつくな。


「トツクニの者か」


 見ただけで分かるものなのか、アゲハチョウさんさんがイトトンボに問い、


「はい、そのようです」


 イトトンボが返して、僕も「そうみたいです」と答えた。


「そうか」


 アゲハチョウさんは笑みを絶やさず僕に歩み寄ってきた。そうして、僕の左腕をとると右手を添えた。


 餞別?


「じゃあ、これ主従隷属の腕輪ね」


 僕の腕には白金色に輝く腕輪が嵌められていた。




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