第35話 静寂の前の嵐
蓮華の市に静けさが戻った夜、玲蘭は涼王が宿泊する邸宅の近くで警備隊と共に巡回していた。街を守るために警備を強化しなければならないという責任感が、彼女を休ませなかった。
(陛下がここにいることで、ならず者たちの動きも変わるかもしれない……)
玲蘭は涼王が自ら危険を冒して街に来たことに対して、強い警戒心を抱いていた。彼がここにいることで、敵がさらに大胆な行動に出る可能性もある。しかし、それ以上に、涼王の言葉が玲蘭の心の中で何度も反響していた。
「君の存在をもっと近くに感じたい……」
あの時の涼王の言葉は、ただの主君からの言葉ではなく、彼の真意が含まれていた。玲蘭は、彼に対する自分の想いを抑え込もうとするたび、心がざわつくのを感じていた。
(私は、ただの女官……それ以上を望んではいけない)
自分の立場を再確認し、感情を封じ込めようとするが、涼王への特別な思いが次第に大きくなっていくのを止めることができなかった。彼の存在を身近に感じることで、玲蘭はどうしようもない葛藤に巻き込まれていた。
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そんな思いに揺れる夜、涼王のいる邸宅から、一人の兵士が玲蘭を探しにやってきた。
「玲蘭殿、涼王陛下がお呼びです」
突然の呼び出しに、玲蘭は少し驚いたが、すぐに身を整えて邸宅へと向かった。深夜にもかかわらず、涼王が玲蘭を呼ぶ理由は何か——それが気になった。
涼王のいる部屋に通されると、彼は窓辺に立ち、静かに夜の空を見上げていた。月明かりが涼王の横顔を照らし、その姿は一層威厳を感じさせた。
「陛下、玲蘭です」
玲蘭が一礼すると、涼王はゆっくりと彼女の方に振り返った。
「玲蘭、来てくれてありがとう」
涼王の声は落ち着いていたが、そこには何か重いものを感じた。玲蘭はその視線に心が揺さぶられながらも、冷静を保とうと努めた。
「陛下、何かご指示が……?」
玲蘭はそう尋ねたが、涼王は彼女をじっと見つめたまま、少し間を置いてから口を開いた。
「今夜、少し話がしたかった。お前と、もう少しゆっくり話す時間が必要だと思っていたんだ」
玲蘭は一瞬驚きながらも、涼王の真剣な表情を見て、その意図を理解した。これは単なる指示ではなく、二人の関係に対する重要な対話が求められているのだと。
「陛下……」
玲蘭は自分の感情が胸に溢れそうになるのを抑え、涼王の言葉を待った。
「私は、君に感謝している。君がこの街を守るためにどれだけ尽力しているか、私も知っている。だが、それだけではない。私は、君が私にとって特別な存在であることを、この数日で改めて実感した」
涼王の言葉は、玲蘭の心を一気に揺さぶった。彼の感情が隠されていないことが明確であり、玲蘭は何かを言おうとしたが、言葉が出なかった。
「陛下、私は……ただ、女官としての務めを果たしているだけです。私が何か特別なことをしているわけでは……」
玲蘭は必死に自分の気持ちを抑えようとした。しかし、涼王は一歩前に進み、玲蘭の前に立った。
「違う。君はただの女官ではない。君の存在は、私にとって必要不可欠なものだ」
涼王の言葉には、強い決意が込められていた。玲蘭はその瞳の奥に、彼が持つ真実の感情を読み取った。
「私には、君が必要だ」
玲蘭の心は大きく揺れ動いた。涼王が彼女に対して抱く感情を、これ以上無視することができなくなっていた。しかし、玲蘭はまだ自分の立場を理解し、涼王との関係が許されるものではないことを強く感じていた。
「陛下、私は……」
玲蘭は口を開きかけたが、その時、窓の外から何かが近づく音が聞こえた。玲蘭と涼王は同時にその音に気付き、部屋の外へと急いだ。
「敵襲か……?」
涼王が護衛に確認を求めると、外で警備をしていた兵士たちが慌てた様子で報告してきた。
「ならず者たちが、街に侵入してきました!すでに門を突破し、街中で騒ぎが起こっています!」
玲蘭と涼王は、すぐに外に出て状況を確認するために動き出した。街がならず者たちによって襲われたことが明らかになり、玲蘭の心は緊張と同時に、涼王を守らねばという責任感で高まっていた。
(陛下を危険にさらしてはならない……この街も、守らなければならない!)
玲蘭は即座に警備隊に指示を出し、涼王の護衛とならず者たちの排除に向けた防衛を強化した。涼王もまた、自ら剣を握り、戦いの準備を整えた。
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蓮華の市の夜空に、戦いの火花が散り始めた。玲蘭と涼王は、それぞれの決意を胸に、襲い来るならず者たちとの戦いに挑むこととなった。彼らの心には、互いに対する深い想いが宿りながらも、今は街を守ることが最優先だった。
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