第34話 皇帝との再会、心の葛藤

 蓮華の市をならず者から守るための準備が進んでいる中、玲蘭は日々街を巡回し、警備隊と共に防衛体制を確認していた。周囲の村々との連携も強化され、街全体が危機に備えていたが、玲蘭は心のどこかで不安を感じていた。


(ならず者たちの動きが読めない……いつ攻撃されてもおかしくないわ)


 玲蘭が市場を見回りながら思案にふけっていると、遠くからざわめきが聞こえた。何か大きな出来事が起こっていると直感した玲蘭は、その方向に向かって足を速めた。


 すると、見慣れた高貴な姿が目に飛び込んできた。涼王が、護衛を連れて蓮華の市に視察として現れたのだ。突然の皇帝の到来に、街の人々は驚き、敬意を払いながらも明らかに困惑していた。


(陛下が……なぜ今この場所に?)


 玲蘭は驚きのあまり立ち止まった。涼王の訪問は全く予期していなかったことだ。涼王は静かに辺りを見渡し、やがて玲蘭に気づき、その目をしっかりと彼女に向けた。玲蘭の心が大きく揺れた。


「玲蘭、久しいな」


 涼王は落ち着いた声でそう言いながら、周囲の護衛に命じて距離を保たせ、玲蘭の方へ歩み寄った。玲蘭は、一瞬胸が高鳴るのを感じたが、それを必死に抑えた。


「陛下、どうしてこのような危険な場所へ……」


 玲蘭は敬意を持ちながらも、心の中では彼の身を案じていた。皇帝という立場にある涼王が、ならず者の脅威が迫る蓮華の市に自ら来るなど、到底許されることではないと感じたからだ。


「私自身がこの街の現状を確かめる必要があると感じたのだ。それに……お前のことが心配だった」


 涼王の穏やかな声には、深い思いが込められていた。玲蘭はその言葉に驚きながらも、胸が高鳴るのを感じた。


(陛下が……私を心配してくださっているの?)


 玲蘭は動揺しつつも、必死に冷静さを保とうとした。しかし、涼王の目には明らかに特別な感情が宿っており、その視線が玲蘭の心を揺さぶっていた。


「私は大丈夫です、陛下。ですが、ここは危険です。陛下がここにいることで、何かあれば……」


 玲蘭は、涼王の身を案じて懸命に言葉を選んだが、涼王は優しく微笑みながら彼女の言葉を遮った。


「私がここにいることで、むしろお前が危険に遭わないようにできるなら、それでいい。お前がこの街を守ろうとしている姿を、私もこの目で見届けたい」


 涼王の言葉に、玲蘭の心は大きく揺さぶられた。皇帝としての責任を背負いながらも、彼は玲蘭に対して特別な感情を持っていることを隠そうとしていない。それは、玲蘭にとって嬉しい反面、彼との立場の違いを痛感させるものでもあった。


(私はただの女官……陛下と共にいることは許されない。それでも……)


 玲蘭の心には、涼王への強い想いが確かに芽生えつつあった。だが、彼女はその感情を口に出すことができず、ただ涼王を見つめることしかできなかった。


 ---


 その夜、涼王は蓮華の市に一時的に滞在することになり、街の防衛状況や警備体制について玲蘭と共に確認を進めた。ならず者たちの襲撃に備えるため、二人は協力して街全体の守りを強化するための計画を立てた。


 防衛会議が終わり、二人きりになった瞬間、涼王は静かに玲蘭に話しかけた。


「お前がこうして街を守るために尽力している姿を見て、私はお前に対する思いを改めて実感した」


 涼王の言葉に、玲蘭は驚きと共に動揺した。彼の真剣な眼差しに、自分がどう返すべきか一瞬迷ったが、次第にその心の中にある本当の気持ちを自覚していく。


「陛下……私は、ただ自分のできることをしているだけです」


 玲蘭はそう言いながらも、涼王の優しさと心の内にある感情に触れ、次第に自分も彼に対して特別な思いを抱いていることを認めざるを得なかった。


「玲蘭、私はお前に忠誠を求めるだけでなく、お前のそばにいたいと願っている。お前が私を支えてくれる存在であればと……」


 涼王の言葉はまっすぐで、玲蘭の心を強く打った。彼女はこれまで、涼王に対しての忠誠心と職務に徹してきたが、今はそれを超えた感情が自分の中で芽生えていることに気づいていた。


「陛下……」


 玲蘭はその言葉に応えようとしたが、言葉が喉に詰まった。皇帝と女官という立場の違い、そしてこの感情が許されるものかという迷いが彼女を戸惑わせた。


 涼王は玲蘭の表情をじっと見つめ、そっと彼女の手に触れた。その瞬間、玲蘭の心は大きく揺れ動き、彼女の中で涼王への想いが確かなものとなった。


 ---


 その夜、二人の間には沈黙が流れたが、言葉では表現できない絆が芽生えていた。玲蘭は涼王との関係をどうすべきか、自分の心と立場の間で葛藤していたが、彼女の中には確かに愛が芽生えていた。


(私はどうするべきなのか……陛下へのこの思いを隠し続けることができるのか)


 玲蘭は自分の心に問いかけながら、涼王への思いと向き合い始めた。そして、その感情が二人の運命にどのような影響を与えるのか、彼女はまだ知る由もなかった。

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「紅蓮の女官」 灯月冬弥 @touya_tougetu

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