第25話 自由の風

 後宮を去り、玲蘭は初めて一人で広い世界へと足を踏み入れた。これまでの生活とはまったく違う、開放感と自由が彼女を包み込んでいた。朝の光が眩しく、大地の広がりが彼女を迎え入れているかのようだった。


(これが、私がずっと望んでいた世界……)


 玲蘭は静かに深呼吸し、自分の中に新しい風が吹き込むのを感じた。後宮では見たことのない景色、出会ったことのない人々、そして未知の経験が、これから彼女を待っている。


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 玲蘭はまず、かつて涼王が話していた国境付近の街を目指していた。その街は貿易が盛んで、さまざまな国から商人や旅人が集まる場所だった。玲蘭はその地で、新しい出会いと経験を積むつもりでいた。


 街へ向かう道中、玲蘭は自然の美しさに目を奪われていた。青々とした木々や澄んだ川の流れ、小鳥のさえずり――後宮では味わえなかった世界の広がりが、玲蘭に新たな活力を与えてくれた。


(後宮の中とは、まるで別世界……)


 彼女は歩きながら、その自由を全身で感じ取っていた。


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 数日間の旅の末、玲蘭はついに国境の街「蓮華の市」に到着した。その街は活気に満ち、たくさんの商人や旅人が行き交い、賑わっていた。玲蘭は初めて見る景色に胸を躍らせ、ゆっくりと街の中を歩いた。


「いらっしゃい!新鮮な果物はいかがですか!」


「旅人さん、こちらで休んでいっては?」


 玲蘭は、声をかけられるたびに微笑みながら、商人たちの元気な呼びかけに応じていた。彼女は、これまで後宮で感じていた緊張感とはまったく違う、自由でのびのびとした空気に包まれていた。


(これが自由な生活……)


 玲蘭は、初めての経験に心を躍らせながら、街の市場を見渡した。彼女が歩いていると、遠くから大きな馬車がやってきた。豪華な装飾が施されたその馬車は、商人や貴族たちが使うもので、玲蘭は興味深そうにその様子を眺めていた。


 馬車から降り立ったのは、見慣れない異国の商人だった。彼らは玲蘭の目にも珍しい装いをしており、彼女がこれからの旅で経験する新しい文化や世界を象徴しているかのように見えた。


(ここで、私は何を見つけることができるのだろうか)


 玲蘭の心は期待で満ちていた。


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 その日の夕方、玲蘭は街の宿に泊まることにした。夕陽が沈み、街はさらに賑わいを見せていた。市場の喧騒が遠くに聞こえる中、玲蘭は静かに窓の外を見つめていた。


(私は今、自由だ。でも……自由であることは、どう生きるかを自分で決めなければならないということでもある)


 玲蘭は新たな生活に対する期待と不安を感じながら、これから自分が何を求め、どう歩んでいくべきかを考え始めていた。後宮での生活は厳しさもあったが、そこには明確な目的と使命があった。しかし、今は違う。玲蘭自身が自分の道を見つけ、選んでいかなければならないのだ。


(私は、ここで何を見つけるのだろう)


 玲蘭はその問いを自らに投げかけ、ゆっくりと目を閉じた。


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 翌朝、玲蘭は市場を再び訪れた。昨日とはまた違った商人たちや品物が並び、街は活気に溢れていた。玲蘭は、次第にその環境に慣れ始め、少しずつ自由な世界を楽しむ余裕が生まれていた。


 その時、遠くから商人たちの騒ぎ声が聞こえてきた。玲蘭がその方向に向かうと、若い少年が商人に怒鳴られているのを目にした。どうやらその少年は、食べ物を盗もうとしたらしく、商人たちに捕まってしまったようだ。


「こら、お前!また盗みを働くつもりか!」


 商人は怒りを露わにし、少年を厳しく叱責していた。少年は怯えた様子で謝りながら、なんとかその場から逃げ出そうとしていた。


 玲蘭はその光景を見て、すぐに少年のもとに駆け寄った。


「待ってください。この子に話をさせてください」


 玲蘭の突然の介入に、商人は驚いたが、玲蘭の真剣な表情に圧され、しぶしぶ頷いた。


「どうしたの?何か事情があるなら、私に話して」


 玲蘭が優しく問いかけると、少年は小さな声で答えた。


「母さんが病気なんです……お金がなくて、どうしても食べ物を……」


 その言葉に、玲蘭は胸を痛めた。後宮では見たことのない、貧しさと苦しさがここにはあった。


(私は自由を手に入れたけれど、この子たちは……)


 玲蘭は、その場で商人に謝罪し、少年に食べ物を買い与えた。少年は深く頭を下げ、涙を浮かべながら礼を言った。


「ありがとうございます……ありがとうございます!」


 玲蘭は優しく微笑み、少年の肩に手を置いた。


「大丈夫よ。でも、もう二度と盗みをしてはいけないわ。困ったことがあれば、誰かに助けを求めるのよ」


 少年は何度も感謝の言葉を繰り返し、やがてその場を去っていった。玲蘭はその背中を見送りながら、新たな気づきを得ていた。


(自由とは、自分だけのためではなく、他の誰かを助ける力でもあるのかもしれない)


 玲蘭はその日、自分がこの世界で何を成すべきか、その一端を見つけたように感じた。

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