第6話 暗闇に光る刃

 玲蘭は蘇妃との対話を終えた後、部屋に戻ると静かに窓の外を見つめた。後宮はどこか不穏な空気を漂わせており、夜の静けさがその空気をさらに際立たせている。まるで、何かが起ころうとしているような気配を感じた。


(皇后様を襲った犯人は、まだ後宮に潜んでいる……)


 玲蘭はそう考えながら、自分の中に湧き上がる不安を抑えた。彼女の任務は、この陰謀の真相を明らかにし、後宮を守ることだ。だが、その陰謀の中には何重にも張り巡らされた罠があり、簡単に解き明かせるものではなかった。


「私は……どうすればいいのか……」


 玲蘭は呟いた。彼女には武芸の才能があったが、この後宮で必要とされるのは、武力だけではない。権力争いの渦中にある中で、誰が敵で誰が味方かを見極め、慎重に動かなければならない。


 その時、ふと視線を窓の外に向けた。闇の中に何かが動いたような気がした。


(誰かがいる……?)


 玲蘭はすぐに体を動かし、窓から庭を見下ろした。そこには一人の影が静かに動いているのが見えた。黒い衣に身を包み、顔を覆ったその人物は、まるで闇に溶け込むように動いている。


(怪しい……あの者は何者?)


 玲蘭は即座に行動に移る。剣を手に取り、静かに部屋を出て、廊下を駆け抜けた。後宮の暗い通路を通り抜け、庭へと向かう。


 外に出ると、夜風が冷たく吹き付けた。玲蘭は身を縮めながらも、闇の中で先ほど見た人物を追う。その者はまだ、庭の奥へと向かって静かに歩いていた。


(後宮の中で、こんな時間に誰が……?)


 玲蘭は音を立てないように慎重にその人物に近づいた。相手に気づかれぬよう、影に紛れながら動く。彼女の心臓は高鳴っていたが、動きは冷静だった。


 やがて、その人物が立ち止まった。小さな明かりの灯る離れに足を踏み入れ、周囲を見渡す。


(ここで何を……?)


 玲蘭はさらに近づき、その者の動きを見守った。すると、彼が懐から何かを取り出し、それを壁にかけた。


(……巻物?)


 その人物がかけたのは、古びた巻物のようだった。玲蘭は目を細め、その内容を見極めようとするが、距離がありすぎて詳細はわからなかった。だが、明らかに何か重要なものがそこにあることは感じ取れた。


 その瞬間、彼女の背後で乾いた音が響いた。気配を感じて振り向くと、別の黒装束の者が現れていた。


「……気づかれていたか」


 玲蘭はすぐに剣を構えた。相手もまた、抜刀して彼女に向かってきた。闇の中で交わる刃の音が響き、玲蘭は一瞬でその者の剣を弾き返す。


 相手は驚きの声を上げたが、玲蘭は隙を逃さず一気に間合いを詰め、相手の肩口に切っ先を突きつけた。


「何者だ?!」


 玲蘭の問いに、黒装束の男は沈黙を守っていた。彼女はさらに力を込め、追及しようとするが、突然背後から別の気配が迫った。


「玲蘭!」


 聞き覚えのある声に、玲蘭は一瞬振り返る。それは、蒼斉だった。彼もまた、その場に現れ、素早く状況を把握した。


「この者を捕らえろ!」


 蒼斉の指示が飛び、兵士たちが黒装束の者に向かって走り寄った。相手は抵抗しようとするが、玲蘭と蒼斉の連携によって、すぐに制圧された。


 蒼斉は玲蘭に近づき、彼女の無事を確認した。


「大丈夫か?」


 玲蘭は頷いたが、まだ息が上がっていた。彼女は先ほど見た巻物のことを蒼斉に伝えるため、すぐにその場所へと向かった。


---


 玲蘭と蒼斉が離れの部屋に入ると、そこには確かに古びた巻物が掛けられていた。蒼斉がそれを手に取り、慎重に開いた。


「これは……」


 巻物には、後宮内の配置図と共に、複雑な記号や名前が書き込まれていた。それは、明らかに何者かが後宮内の動きを計画している証拠であった。


「これは、陰謀の証拠だ」


 蒼斉は巻物を見つめ、眉をひそめた。


「これで、誰が皇后を狙ったのかが明らかになるかもしれない。玲蘭、よくやった」


 玲蘭は蒼斉の言葉に頷きつつも、まだ疑念を捨てきれなかった。誰が、何のためにこのような計画を練っていたのか。その真相を解き明かすには、まだ多くの謎が残されていた。


「蒼斉様、この陰謀の背後にいる者が誰なのか……それを突き止めなければなりません」


 玲蘭は強い決意を胸に、そう言った。


「そうだ。しかし、これだけではまだ不十分だ。犯人の正体を明らかにするには、さらに深く調べる必要がある」


 蒼斉は巻物を慎重に巻き直し、玲蘭に向き直った。


「これからの捜索は一層厳しくなる。君も、気をつけて行動することだ。後宮内には、まだ我々の知らない敵が潜んでいる」


 玲蘭はその言葉を胸に刻み、さらに警戒心を強めた。


(私は、この陰謀を必ず解き明かしてみせる……)


 玲蘭の心には、新たな決意が湧き上がっていた。彼女は、自らの力と知恵で後宮の闇を照らし出し、皇帝の信頼に応えるつもりだった。


 後宮に渦巻く陰謀は、まだ始まったばかりだ――。

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