第5話 蠢く陰謀の気配
玲蘭は召し使いに案内されながら、後宮の奥へと急いでいた。空気は冷たく張り詰めており、夜の静けさの中に、ただならぬ気配が漂っていた。
(皇后・蘇妃に危害が加えられた……)
玲蘭の胸には、緊張と共に不安が広がっていた。蘇妃は後宮で絶対的な権力を持っている存在だ。もし彼女が何者かに襲われたのであれば、それは後宮全体に波紋を広げる大事件となるだろう。
やがて、目的地である皇后の居室が見えてきた。周囲には、涼王の親衛隊が厳重に見張りをしている。彼らの厳しい顔つきから、この事件がただの小さな騒ぎではないことを示していた。
「玲蘭様、こちらへ」
衛士の一人が玲蘭に声をかけ、部屋の中へと通した。そこには、既に何人かの女官や役人が集まっており、重々しい空気が満ちていた。
「皇后様は……?」
玲蘭は静かに尋ねた。
「ご無事です。ただ、何者かが部屋に侵入し、殺意を持って近づいたようです。間一髪で護衛が気づき、未遂に終わりました」
一人の女官が説明した。その表情には深刻な緊張が走っていた。
玲蘭は室内を見渡した。豪華な調度品が並ぶ中、窓辺にはいくつかの物が乱雑に散らばっていた。襲撃者が窓から侵入しようとした痕跡だろう。
「……何か不審なものは見つかっていますか?」
玲蘭はさらに問いかけた。何か手がかりがあれば、この事件の背後にある陰謀を探ることができるかもしれない。
女官は首を横に振った。
「特に目立ったものはありません。ただ、襲撃者は素早く逃げ去り、誰もその正体を見ていません」
玲蘭はしばらく考え込んだ。誰も見ていないということは、この襲撃者が後宮の中に精通している人物である可能性が高い。一般の賊や外部の者ではなく、内部の者――。
その時、扉が静かに開き、涼王が入室してきた。彼の冷たい目が一同を見渡し、すぐに状況を把握したようだった。
「皇后は無事か?」
「はい、陛下。ご無事です。しかし、犯人はまだ捕まっておりません」
涼王は短く頷き、玲蘭に向き直った。
「玲蘭、見つけた手がかりは?」
彼の目には鋭い光が宿っていた。玲蘭はその視線を受け止め、冷静に答えた。
「今のところ、明確な手がかりはありません。しかし、襲撃者が内部の者である可能性は高いと考えています」
「内部の者か……」
涼王は小さく呟き、その言葉を反芻していた。
「ならば、後宮の中をさらに厳重に調べさせる必要があるな」
涼王は護衛たちに命令を下し、後宮全体の捜索を強化するように指示した。玲蘭もその任務に加わることとなり、彼女自身も襲撃者の正体を追うために動き始めた。
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玲蘭は、その夜、後宮の各所を歩きながら、自分なりに考えを巡らせていた。後宮内の誰かが皇后を狙った――それは、単なる個人的な恨みや嫉妬から起こったものではないだろう。もっと大きな陰謀が背後に潜んでいるはずだ。
(誰が、何のために?)
玲蘭は頭を悩ませながらも、直感的にあることに気づいた。犯人が皇后を狙ったということは、皇后が後宮内の力関係において脅威とされている可能性が高い。つまり、皇后が失脚すれば、後宮内の権力図が大きく変わるということだ。
(まさか……皇后の失脚を狙っているのは、後宮内の他の妃か?)
その考えが頭をよぎった瞬間、玲蘭は自分が次に何をすべきかを悟った。彼女はすぐに蘇妃のもとへ向かうことを決めた。
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蘇妃の居室に到着した玲蘭は、女官に案内され、蘇妃のもとへ通された。蘇妃は、いつもの冷たく美しい姿で、玲蘭を迎えた。
「玲蘭、よく来たわね。今夜の事件について聞いているわ。どうやら後宮も少し騒がしくなっているようね」
蘇妃は淡々とした口調で話しながら、玲蘭の様子を観察しているようだった。
「皇后様が襲われたこと、何かご存知ですか?」
玲蘭は率直に問いかけた。蘇妃は一瞬だけ目を細め、微笑みを浮かべた。
「私が何かを知っていると思うの? 玲蘭」
「あなたが皇后を脅威に感じているかどうか……それが、気になったのです」
玲蘭はさらに追及したが、蘇妃は微笑みを崩さず、静かに首を振った。
「皇后がどうなろうと、私には関係のないことよ。後宮の力関係は常に変わるもの。私は私の役割を果たすだけ」
その言葉には、まるで彼女自身が後宮の闇に飲み込まれないという強い自負が感じられた。
「ただ、玲蘭……あなたも後宮で生き抜くつもりなら、私を敵に回さない方がいいわ」
蘇妃の目には冷たい光が宿り、玲蘭に向けて無言の圧力をかけてきた。その力強さに、玲蘭は一瞬だけ戸惑いを覚えたが、すぐにその場を離れることにした。
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玲蘭は蘇妃の居室を後にし、再び自室へと戻っていた。
(蘇妃が関わっているとは限らない……しかし、後宮の力関係が複雑である以上、誰が敵で誰が味方か、まだ見極めることはできない)
玲蘭は涼王から課された任務の重さを改めて実感しながら、心の中で新たな決意を固めていた。
「私は……この陰謀を必ず解き明かしてみせる」
そう静かに誓い、玲蘭は剣を手に取った。後宮に渦巻く陰謀の中心に、彼女は今や完全に立っていた。
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