第4話 忍び寄る影
玲蘭は涼王から与えられた任務を遂行すべく、後宮内の各地を見回り始めていた。これまでの静かな生活とは一変し、注目を集める立場となったことを、彼女自身が最も強く感じていた。
「最近、玲蘭様が直接お命じを受けたとか……」
「後宮の中で彼女が何か特別なことをしているらしい」
女官たちの間でひそひそと囁かれる声が聞こえてくる。玲蘭はそれに気を留めないようにしていたが、その注目が彼女にとってよいものばかりではないことを、すでに理解していた。
涼王から託されたのは、後宮内で起こる異変や陰謀の兆しを見極め、報告することだった。しかし、玲蘭自身も誰が敵で、誰が味方かはまだわからなかった。
彼女はふと、昨日の皇后・蘇妃との会話を思い出した。
「気をつけなさいね。後宮は危険よ」
その言葉には、単なる忠告を超えた何かが込められていた。蘇妃の目には冷たく光る鋭さがあり、玲蘭に対する警戒心と、何かを隠そうとする意思が見て取れた。
(蘇妃は何を考えている……?)
玲蘭は歩きながら思索にふけっていたが、突然、前方から誰かが近づいてくるのを感じた。
「玲蘭様、少しお話を」
現れたのは、後宮で涼王に次ぐ権力を持つ将軍・蒼斉(そうさい)だった。彼は涼王の側近として知られており、その冷静沈着な性格と確かな武芸で後宮内の信頼を集めている人物だ。
「将軍、どうしましたか?」
玲蘭は落ち着いた声で応じたが、内心では緊張が走っていた。蒼斉は決して無駄な行動を取る男ではない。それにもかかわらず、今こうして彼が自ら彼女に声をかけてきたことは、何か重大な意図があるはずだ。
「少し話を聞いてもらいたいことがある」
蒼斉は玲蘭を近くの静かな場所へと導いた。庭の片隅にある小さな東屋。誰にも聞かれない場所を選んでいることに、玲蘭はすぐに気づいた。
「玲蘭様、あなたが涼王陛下から直接任務を受けたことは存じております。しかし、後宮内であなたが行動することが、必ずしも安全だとは限りません」
彼の言葉は冷静で、事実を淡々と伝えるものであったが、その裏には明確な警告が込められていた。
「どういう意味ですか?」
「後宮には、多くの陰謀が渦巻いています。皇帝に忠誠を誓っている者ばかりではなく、陰で彼の失脚を狙う者もいる。彼らは、おそらくすでにあなたの存在を危険視しているはずです」
玲蘭は静かに蒼斉の話を聞いていた。彼の言葉が事実であることは、既に彼女も察していたが、蒼斉の口からそれが確認されたことで、状況の深刻さを改めて痛感した。
「あなたには、守るべき命があります。陛下からの任務を遂行するためには、何よりもまず自らの身を守ることが重要です。私も、できる限りの協力を惜しみませんが……慎重に行動してください」
蒼斉の言葉には、彼女を案じる気持ちが込められていた。しかし、玲蘭はその優しさに甘えることなく、自らの使命を全うしなければならないという強い決意を抱いた。
「ありがとうございます、蒼斉様。ですが、私は後宮で起こっていることをしっかり見極め、自分の力で解決していきます。危険を恐れていては、陛下のお役目を果たせません」
蒼斉は少し驚いたように目を細めたが、その瞳には尊敬の念が浮かんでいた。
「その強さが、あなたの真の力なのかもしれませんね」
蒼斉は微笑み、玲蘭を見つめた。その視線には、彼女に対する深い信頼と期待が込められているようだった。
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その夜、玲蘭は自室で一人、これからのことを考えていた。蒼斉の警告、そして蘇妃の冷たい視線。彼女の周囲には、すでに多くの危険が迫っているのは明らかだった。
「この後宮で、私はどう生き抜けばいいのか……」
玲蘭は独り言のように呟きながら、自らの手を見つめた。過去に鍛え上げられた武芸の力は、今こそ後宮を守るために役立てられるべき時なのだろう。しかし、それだけではこの複雑な陰謀を打破することはできない。
彼女は、自分の力でこの状況を乗り越え、涼王の信頼に応えるためには、さらなる知恵と戦略が必要だと感じていた。
そして、そんな彼女の考えを打ち破るかのように、部屋の扉が静かに開いた。
「玲蘭様、急ぎの知らせです」
そこに立っていたのは、召し使いの一人であった。彼の顔は青ざめており、何か重大な事態が発生したことがその表情から読み取れた。
「どうしたのですか?」
玲蘭はすぐに立ち上がり、緊張感を持って問いかけた。
「今夜、後宮の中で何者かが皇后様に危害を加えようとしたとのことです……。詳細は不明ですが、すぐに現場に来てほしいとのことです」
その言葉に、玲蘭は全身が凍りつくのを感じた。
(皇后に……危害が?)
それが事実であれば、後宮内での陰謀はすでに動き出していることになる。そして、その中で彼女はどう動くべきか――その選択が、これからの運命を大きく左右するだろう。
「すぐに向かいます」
玲蘭は素早く決断し、召し使いの後を追った。
後宮の闇が、静かに動き始めていた。
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