第2話 皇帝との邂逅(かいこう)
その日、後宮の空気はいつもより張り詰めていた。理由は明白だ。今朝、皇帝・涼王(りょうおう)が突然、後宮に視察に訪れるという知らせが舞い込んだからだ。普段、皇帝が訪れることはめったにないため、女官たちの間にはざわめきが広がっていた。
「玲蘭、あなたも緊張しているの?」
秋蘭(しゅうらん)が不安げに声をかけてきたが、玲蘭はいつものように冷静だった。むしろ、警戒心の方が強い。
「緊張はしていないわ。ただ、今日の騒ぎに巻き込まれないようにしたいだけ」
そう答えたものの、玲蘭の胸の中には漠然とした不安が渦巻いていた。昨夜の襲撃事件――あれがただの偶発的な出来事とは思えなかった。あの男の言葉も気にかかる。彼女は何者かに目をつけられた可能性を感じていた。
そして、運命は玲蘭を予期せぬ方向へと導く。
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皇帝・涼王は、数名の護衛を引き連れ、後宮の広い庭をゆっくりと歩いていた。周囲には女官たちが下がり、畏れ多くも彼に対して視線を向けることすら躊躇していた。しかし、玲蘭だけは遠くからその様子を観察していた。
涼王――彼の存在は、冷たい美しさを帯びていた。白く整った顔立ちに冷徹な瞳。まるで感情を持たぬ氷の彫像のように見えた。
(この人が……皇帝)
玲蘭は以前から彼の存在を知っていたものの、こうして直接見るのは初めてだった。彼が歩くたびに、空気が張り詰めていくようだった。後宮のどこにも居場所がないような感覚が広がり、女官たちの間には緊張感が漂う。
突然、彼の視線が玲蘭の方へと向いた。涼王の鋭い目が、まるで彼女を見透かすかのように真っすぐ向けられる。玲蘭は一瞬、心臓が跳ね上がるのを感じたが、すぐに冷静さを取り戻し、彼の視線を受け流した。
その時――。
「皇帝陛下、お下がりください!」
護衛の兵士たちの叫びと共に、庭の奥から一群の刺客が飛び込んできた。女官たちは悲鳴を上げ、あちこちへと逃げ惑う。玲蘭も咄嗟に身を低くし、状況を見極めた。
「刺客だ!」
涼王に向かって数人の刺客が襲いかかる。彼の護衛が剣を抜き、防御に入るが、数では圧倒的に劣勢だった。玲蘭は即座に判断し、視線を巡らせた。これまで避けてきた戦い――だが、今度ばかりはその選択肢がなかった。
(私なら――)
玲蘭は素早く地面に転がっていた剣を拾い上げ、刺客の一人に向かって駆け出した。その動きは一瞬で、女官であるとは思えないほどの俊敏さだった。
「何者だ!?」
刺客の一人が驚きの声を上げるが、玲蘭はそれを無視して素早く剣を振り下ろした。鋭い音と共に、敵の剣が弾かれる。次の瞬間、玲蘭はその喉元を狙って一撃を放った。
「っ……!」
敵は声も出せず、その場に崩れ落ちた。
他の刺客たちも玲蘭の存在に気づき、一斉に彼女に向かってきた。しかし、玲蘭は恐れることなく、次々と襲い来る敵を迎え撃った。剣の舞いが繰り広げられる中、涼王はその様子を静かに見つめていた。
「女官が……刺客を退けるとは」
護衛の一人が驚きの声を漏らすが、涼王は微動だにしない。彼の目は冷たく、無表情だったが、玲蘭の動きに確かな興味を抱いているように見えた。
「その者、誰だ?」
涼王が声をかけると、護衛たちは即座に答えに窮した。
「女官の一人のようですが、詳細は……」
「調べろ」
涼王の命令が下ると同時に、残った刺客たちはすべて制圧された。庭には静寂が戻り、玲蘭は一人、息を整えた。
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その夜、玲蘭は自室で一人、深い思索にふけっていた。今日の出来事――皇帝・涼王が自分に注目したことが、何を意味するのか。それは決して望んだ状況ではない。目立たず、静かに生き延びることが目標だったのに、今日の一件で彼女は完全に注目を浴びてしまった。
「玲蘭……」
秋蘭が心配そうに部屋の外から声をかける。
「大丈夫、秋蘭。心配しないで」
玲蘭は穏やかに答えたが、その胸中は平静ではなかった。あの涼王の目、冷たくも鋭い目は、彼女に何を見たのだろうか。
翌朝、玲蘭に召し使いが訪れた。
「皇帝陛下があなたをお呼びです」
それは、運命を大きく変える一言だった。
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