俺はあくまでただのファンの一人なんだけどな

 あああああああ働きたくねえ!

 お仕事嫌でござる! お仕事嫌でござる! お仕事嫌でござるぅぅぅぅぅぅ!


 ……みたいな感じで無限にうんざりする毎日を、だいたいの人間って送っているんじゃないかなと、俺こと鹿波かなみ凛太朗りんたろうなんかは思う。

 特に、やりたい仕事や人生を送れていないやつはなおさらだ。そんな例に漏れず、俺も二十歳も折り返しを過ぎた今、毎朝起きては絶望し、「お仕事嫌だよぉbot」デビューを果たしていた。


 で、まあ、そんな絶望しか勝たん日々を毎日送る身としては、生き甲斐ってやつが少しでも必要になるわけで。


「イェー社畜のみんなぁー! 今日も元気に社畜ってるぅ!?」


 ……それがまあ、俺の場合は、画面の向こう側で今日も今日とて元気に煽ってくる舞斗ありすちゃんというわけであった。


 舞斗ありす。

 個人で活動しているVtuberでありながら、登録者100万人を超える今を時めく大人気配信者だ。


 Vのガワとしては、高めに結った金髪ポニテにギャルギャルしい感じの陽キャファッション、といういでたちで、多分ファンのボリューム層は「オタクに優しいギャル」が好きなやつら。

 アニメや漫画で百万回は見た、いかにもといった「オタクに優しいギャル」が、画面の向こうから煽りとからかい混じりな口調でリスナーへ話しかけてくる。


「あーしはみんなのおかげで、社畜にならずに済んでてマジラッキー。もう毎日好き勝手生きれるのねー、いやほんといいよねー。朝起きなくていいの超楽ちん」


【コメント】

猛獣八号:ウザいこのギャルやはりウザい

ナナコオリ:残業変わってください

UMAFY:Vtuberで個人勢だと事務所にも縛られませんしね。その分競争もかなり激しくなりますが


 そんなありすちゃんの発言に、コメントも次々流れていく。

 登録者が百万もいれば、配信の同接も五千人は下らない。多い時には一万や二万を軽く超える。


 そんなこともあり、流れていくコメントの勢いは物凄い。常人では一瞬で流れていくコメントを読み取ることは難しいことだろう。

 だが、そこはさすがというべきか、ありすちゃんはそんなコメントの流れの中でも都度拾い上げては反応を返していく。


「事務所ねーあははっ! あーし事務所とか多分無理だなー、ぜってー問題起こす―!」


 げらげら笑いながら、そんなセリフを言い放つありすちゃん。

 その姿はお世辞にも清楚だったり可憐だったりはしないが、そういった奔放な振る舞いを彼女はむしろリスナーから親しまれていた。


「っていうかマジ無理すぎんだよなー集団行動。だからさー、マジ毎日同じ時間に起きて仕事行ってるって人らほんと凄すぎんだよなーマジ尊敬」


【コメント】

ナナコオリ:そうだぞもっと尊敬しろ尊敬

猛獣八号:ありすちゃんも働こうぜ! とりあえず現場で十二時間な!

ガルボん:就職したとて職場でおもむろにビール飲み始めるありすちゃんの姿が見える


「ビールとか飲みませんケド!? いちお設定年齢は十七歳、なんで!」


【コメント】

UMAFY:なお、過去の配信の情報によると、中の人の年齢は推定二十三歳ということになるらしいですね

クリスティーナ:酒盛り(うたげ)の始まりだ!

ウルりん(TM):次の晩酌配信はいつですか?


「うるせーーーーー!! 晩酌配信は金曜辺りに考えてますぅーーーーー!! ついでに凛くんとオフ飲み配信もやりたいですぅーーーーーー!!」


 リスナーからのツッコミに対して、ありすちゃんがそう喚き返す。

 一般にプロレス、と呼ばれるようなこのようなやり取りも、もはや見慣れたものであった。


 そんな彼女のセリフの直後、俺のスマホがLINEの着信を告げる。


有菜:というわけで! 私とオフ飲みしませんか? 今から

凛太朗:お前配信中だろ無理だろ

有菜:別に今から私の家来て良いよ? 住所は東京都××区△△町……

凛太朗:流れるように個人情報を漏洩すな! っていうか仕事で疲れてるから、今から移動するのは気力的にも体力的にも無理!

有菜:じゃあ私が行こうか?

凛太朗:頼むからファンを大事にしてやってくれ……


「…………………………………………………………………………」


 俺とメッセージをしている間、配信中の画面は固まっていた。

 物凄い真剣な表情で、虚空を見つめるありすちゃん。ちょっと怖い。


【コメント】

豚トロ豆腐:あれ? 配信止まった?

Mr.ラウンドレル:放送事故か?

MarkⅡⅡⅡⅡ:こえきこえないです


 流れるコメントにも、戸惑っている感じのものが多い。

 それを見て、俺は慌てて有菜にメッセージを送った。


凛太朗:ちょ、また事故ってる事故ってる! 音も画面も止まってんぞ!


 そんなメッセージを送ってから、数秒後。


「あ、ごめん、凛くんとLINEしてて配信してるの忘れてたー」


 罪悪感とか微塵も感じられない口調で、しれっとありすちゃんが戻ってきた。


【コメント】

ナナコオリ:し っ て た

猛獣八号:し っ て た

クリスティーナ:し っ て た

散るノノノノノノノ:これが凛太朗フリーズか……


 そして次に流れてくるのは、常連リスナーが待ってたとばかりに書き込んでくる「し っ て た」コメントの嵐である。

 そのコメントに対して、ありすちゃんは「はぁ~」とため息を返したかと思うと、


「今からうち来て飲まない? ってLINE送ったら拒否られてさー。マジ萎え~」


 などとボヤいていた。


【コメント】

UMAFY:そもそも記憶が正しければ今日は晩酌雑談配信ではなくゲーム配信枠だったはずですが、もうすでに雑談始めて一時間経っているような気が……


 次に流れてきたのはそんなコメントで、それを見たありすちゃんはハッとした様子で口を開いた。


「あーそうだったそうだったぁ。凛くん来るの待っててさー、今見てくれてるみたいだしそろそろゲーム始めよっかな!」


【コメント】

猛獣八号:しょせん俺らは凛太朗のおまけ…

ナナコオリ:ありすちゃんの中ではリスナー=凛太朗ってことになってっから

ガルボん:露骨すぎる差別がいっそ快感だわ


「……快感だわ、じゃねーんだわ」


 流れていくコメントを眺めながら、俺はそんなことを呟いてため息をつく。


 日々の仕事の唯一の癒し。

 それが、舞斗ありすちゃんの配信なんだけど……。


 こうも露骨に俺だけを特別扱いしてくることに対して、一アリスナー(ありすちゃん推しのリスナーのこと)として少し冷や冷やしないでもないのであった。

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