5話『小競り合い』

「ショウ見て!あの焼き菓子美味しそう!」

屋台を見ながらカエデがこっちを見てくる。

「俺の地図用のお金だから、自腹で買ってくれないか?」

カエデは残念そうな表情を一瞬した後、自分のバッグから貨幣袋を持って屋台へ向かって行った。

この世界にきて1日経った後、俺たちは旅に出る準備を始めていた。

そこで、食料や道具類などをタツヤとユリが、地図や移動用馬車などを俺とカエデと、

「すみません、主人の元へ向かいます。」

ローブの女の子、サイアで手分けして買物に向かっていた。

サイアはこの世界で奴隷として売られそうになっていた女の子らしい。

ユリが言うには、道中でヒューマンヘッド達が群がっている馬車を助けた際、生き残ったのがこの子だけだったらしい。

そして、奴隷をこの場に放っておけないと思ったカエデが連れて行くことにしたらしい。

「お待たせ!これはサイアの!これはショウの!」

カエデが焼き菓子をサイアに手渡ししながら戻ってきた。

「いや、俺は・・・。」

「大丈夫!今私めっちゃお金持っているから!」

カエデはニコニコ笑いながら焼き菓子を手渡ししてきた。

渡された焼き菓子を齧りながら横を見る。

おいしさに頬を抑えるカエデがニコニコとサイアを見ている。

「サイア、美味しい?」

カエデの質問にサイアが顔を上げる。

「とても美味しいです。」

ローブ越しから目を輝かせているサイアがこちらを向いた。

カエデが買って良かったと行った表情で歩みを早める。

「じゃあ早く地図と馬車を借りに行くわよ!」

数分歩いたところで、一つの建物の前に到着した。

『依頼所』と看板に書かれた建物の門をカエデが勢いよく開いた。

中には円形のテーブルが数台並んでいて、何人かの人が入口の方を見る。

「すみません、ここで地図と馬車を借りられると聞いたのですが!」

カエデが建物内全体に聞こえそうな声量で話す。

奥のカウンターみたいな場所からホテルマンが被っているような帽子を身につけた男の人がこちらに向かって手を上げている。

3人でカウンターの男の元に向かい合う形で並ぶ。

「あなた方は冒険者の方々ですか?」

カウンターの男の質問にカエデが首を縦に振った。

「では登録証の提示をお願いします。」

「登録証?」

カウンターの男の要求に、カエデの表情が凍りつく。

ここにいる3人、こっちの世界に来たばかりの人2人と奴隷1人だ。

誰1人として登録証は持っていない・・・。

「すいません、俺たち冒険を始めたばかりでまだ登録証を持っていないんです。ここで作ることは可能ですか?」

説明を聞いた男は納得した表情で机の引き出しに手を入れる。

カウンターの男が一枚の紙を取り出した。

「こちら冒険者登録書類です。見たところ複数名で行動するようなので団体登録証に書き込んでください。」

目の前に出された紙にカエデがペンを描き始める。

丁寧な字で俺たちの名前を書いて言ってると男が不思議な顔で尋ねてきた。

「他のお仲間さんはどちらへ?」

「今買い物に行ってもらっています。」

カエデが質問に答えると、男が申し訳なさそうにカエデの手を止める。

「申し訳ございません。その2人にもこちらに来ていただかないと登録の際の皆様の映し絵が作れないんです。」

男が申し訳なさそうな表情で紙を取り上げた。

「じゃあちょっと待っててください!すぐに他の2人を連れてきます!」

カエデはそう言うと依頼所を出ていった。

男が俺の肩を叩いてくる。

「あの、先に映し絵を描きましょうか?」

男の人が奥の部屋を指差しながら質問してくる。

「行くか?」

俺はサイアのローブの中を除き聞いてみる。

サイアは困った表情を浮かべていてオロオロしている。

「あの、その子はどうなさったのですか?」

男の人が不思議そうな顔で聞いてくる。

ローブの中でサイアの表情が一層不安なものへと変わってゆく。

「すみません、この子恥ずかしがり屋で自分の似顔絵を描かれるのが苦手なんです。」

カウンターの男が俺の説明を聞いて、納得した表情で首を縦に振った。

「ではまずあなたから描きましょうか?」

カウンターの男が俺に向かって聞いてくる。

「わかりました。じゃあ先に絵を描いてくるからちょっと待ってて。」

不安そうな表情のサイアを近くのテーブルに座らせて、奥の部屋へと案内される。

奥の部屋には鏡と小さな黒い水晶玉、それと縦横5センチもいかない紙があった。

「これってどう言う仕組みですか?」

俺の質問に男は嬉しそうに説明を始める。」

「まずこの鏡にあなたの顔を映します。次にこの水晶玉で鏡に映った像を固定化させます。最後にその像が映った水晶玉を紙の上に置き、上から光を通すことで紙に映し絵が浮き上がる仕組みになっているんです!」

よほど映し絵をするのが好きなのか、カウンターの男がイキイキと説明していく。

「じゃあ早速俺の絵をお願いします。」

俺が席に座ると、男は黒い水晶玉を持つ。

鏡を面と向かって見ていると、鏡の中の自分がいなくなった。

驚いて立ち上がると、男が慌てて着席を促してきた。

「映し絵が終わった後、像をあなたに戻す作業はあるのでご心配なく!」

カウンターの男の説明を聞いて安堵した後、席に座って少し待つ。

10秒足らずで、鏡に俺の顔が再び浮かんだ。

「いい感じに映りましたよ。」

男の人がさっきの小さい紙を見せてくる。

そこには、緊張した俺の顔が写っていた。

「ありがとうございます。」

カウンターの男にお礼を言って部屋を出ると、サイアのいたテーブルに数人の冒険者らしい男がいた。

冒険者の1人が、サイアの胸ぐらを掴んでいる。

「お客様、何をしているんですか!」

カウンターの男が慌てて近づくと、冒険者が叫ぶ。

「おい受付、ここに逃げた奴隷がいるぞ!」

カウンターの男が割り込もうとしたが、屈強な冒険者が突き飛ばす。

「よく見ろ、こいつの腕に刺青がある。こいつは逃げ出した奴隷だ!」

屈強な冒険者がさらにサイアを締め上げる。

「待て、その子は俺の知り合いの仲間だ!」

俺は屈強な冒険者のベルトを掴む。

「雑魚は引っ込んでろ。」

屈強な冒険者が眼を飛ばしてくる。

普通に気の弱い人なら逃げているだろうが、あいにく現世でこの男以上に怖いやつらの顔は見たことある。

あいつに比べたら怖くない!

「俺の知り合いの仲間だと言ったんだ。あなたもこの子が俺たちと一緒にいたの見てましたよね。」

俺はカウンターの男に目配せをしながら問う。

カウンターの男は冷や汗を垂らしながら首を縦に振る。

「知るか!奴隷は奴隷だろ!」

屈強な冒険者は再びサイアを掴む腕を揺らす。

勢いよく動かした瞬間、サイアの深く被っていたローブがずれる。

次の瞬間、サイアの白に近い水色の髪の中から、ピョコンと何かが出てきた。

それは、近いのは柴犬だろう、耳がついていた。

「こいつ・・・獣人かよ!しかも狼種の!」

冒険者はそういうと、サイアを投げ飛ばした。

「大丈夫かサイア!」

急いでサイアの元に行こうとしたが、冒険者が立ちはだかる。

他の2人が怖がっているサイアに歩みを進める。

「小僧、こいつは獣人の中で1番凶暴な狼種の獣人だ!縄張り意識が強くて入ろうものなら女子供問わず殺すような奴らだ!こんなやつ生きてちゃダメなやつなんだよ!」

「生きてちゃダメって言った?」

冒険者の後ろでカエデが睨みつけている。

入口の方を見ると、扉越しにタツヤとユリが入りづらそうにこっちを見てくる。

カエデが冒険者の前に立って睨みつける。

冒険者はカエデの形相を見て、たじろいでいる。

「女、こいつは害獣だ。人を襲う種族の獣人だ!生きてたら害でしかない!」

「縄張りに無断に侵入したら殺されるなら死んだ人たちの自業自得だと思う。少なくともその子は誰も殺してない。」

カエデが冒険者に睨みをきかしながら歩み寄る。

冒険者は怯えた声を上げながら背中につけた斧を取り出す。

「これ以上近づくな!殺すぞ!」

「殺してみれば?」

カエデが一言つぶやくと、腰のベルトにつけていたあの赤い剣を鞘から抜く。

何もなかった刀身には、パチパチと音を立てながら紅い炎が燃え盛っている。

男は目の前の燃え盛る剣を見ると、白目を剥きながら斧を落とす。

斧は木の床に音を立てながら突き刺さった。

仲間たちが慌てて気絶した冒険者を抱えて距離を取る。

「す、すみませんでした!」

斧を引き抜いた冒険者の仲間が頭を下げながら依頼所を出て行った。

「お見事だったぜ、早川さん。」

タツヤが親指を立てながら依頼書に入ってきた。

カエデは近くの椅子に座って顔をうつ伏せる。

「やらかした・・・。」

「まあ、サイアも無事そうだし良かったと思うぞ早川。」

ユリがサイアの頭を撫でながら楓を説得している。

サイアも安心した様子を見て、俺はカウンターの男の元へ向かう。

「すみません、この5人で冒険する予定です。」

カウンターの男は首を縦に振ってさっきの紙を取り出した。

「ではこちらに団体の名称をご記入ください。」

渡された羽ペンと紙を、楓の元に持っていく。

髪色と同じくらい顔を真っ赤にしたカエデが嫌そうな顔でこっちを向く。

「なんで私に渡すの?」

「お前がこの中だと1番字が綺麗だからな。それにゲームやっていた時のチーム名とかのセンスも良かったから。」

「・・・わかったわよ。」

カエデはより一層顔を真っ赤にしながら紙を受け取り、羽ペンを走らせた。

カエデがこっちを見ずにまだ乾いてない紙を渡してきた。

受け取った紙をカウンターの男に紙を渡す。

「団体名は『リターンズセイバー』ですね。」

カウンターの男に俺は笑顔で首を縦に振った。

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