6話『沼の底から』

「早川さん、俺にこれやる権利くれてありがとう。」

満面の笑みで、タツヤが馬車の手綱を握る。

手綱の茶色い毛並みの馬2頭は息を乱さずに軽快に歩みを進める。

さっきの村を出て数時間経ち、俺たちは馬車に乗って平原を闊歩していた。

荷車の後ろではサイアがカエデに膝枕をしてもらいながら寝息を立てている。

俺はウキウキしているタツヤと荷車から外を眺めるユリに近づく。

「小畑さん、目の前の馬車の操縦に集中しといて。今のところ問題なさそうだけど、初めてなんでしょ?馬車を操るの。」

ユリが不安そうな表情でタツヤに話す。

「大丈夫、このまま次の村に向かって・・・あっ。」

馬車を操りながらタツヤがある方向に視線を向け指を指す。

タツヤが指を指す方向を見ると、1人の鎧を着た兵士が、数匹の狼みたいなモンスターと戦っている。

「タツヤ、馬車を止めてくれ。あの人を助けに行く。」

タツヤに馬車を止めるように頼むが、馬車の闊歩は止まらない。

タツヤが冷や汗を流しながらこちらを向く。

「ショウ、馬車の止め方って知ってる?」

タツヤの発言を聞いた俺とユリはその場で凍り付いた。

馬車は兵士を通り過ぎて闊歩して行く。

俺は荷車の縁に足を掛ける。

「タツヤは早く馬を止めといてくれ!助けてくる!」

俺は縁から飛び降りて地面に着地する。

背に背負った修復された青銅の槍を手に持って走り出す。

戦っている兵士に近づいて、周りにいるモンスターを見て背筋がゾクッとする。

遠目から見たら狼に見えたモンスター達は、過去に戦ったことのあるモンスターだ。

兵士の背後を取っていたモンスターがこちらに顔を向ける。

可愛らしい男の子からむきだした牙を俺に見せてくる。

「お前かよ!」

悲鳴まじりの声を上げながら槍をヒューマンヘッドに向けて走る。

男の子顔のヒューマンヘッドが牙を向けて走ってくる。

距離が目と鼻の先になったところで踏みとどまって槍を前に突き出す。

槍の穂先が飛び上がって襲いかかってきてたヒューマンヘッドの胸へ深々と沈んでいく。

背中から穂先が見えた瞬間、目の前の男の子の目があらぬ方向を見る。

君が悪く槍を振り回してモンスターを抜き出す。

兵士の方を見ると、美人な女性の顔をしたヒューマンヘッドの首を剣で掻っ切っている瞬間だった。

残りの1匹が俺に向かって飛び上がってた。

急いで槍を両手で持って、ヒューマンヘッドの牙から身を守る。

よだれを垂らしながら強面な形相が目の前に近づいてきて悲鳴をあげそうになる。

次の瞬間、ヒューマンヘッドの全身がボウッと燃え始めた。

ヒューマンヘッドはキャンキャン泣きながらその場をのたうち回る。

後ろを向くと、燃え盛る剣を持ったカエデが走ってきている。

体の要所要所が燃えた状態でヒューマンヘッドが立ちあがろうとする。

槍を高々と上げて、振り下ろす。

槍がめり込んで、パックリ割れた頭部から鮮血を噴き出し、ヒューマンヘッドは事切れた。

水晶玉が光が後でいいだろう。

「あの、大丈夫ですか?」

追いついたカエデがモンスターと戦っていた兵士に声をかける。

鉄製のヘルメットを被った兵士は腕を押さえながら俺たちの方を向く。

「腕を痛めましたがなんとか大丈夫です。」

よくみると、男の左の二の腕あたりから血が滲み出ている。

「ショウ、荷車に包帯とか入った救急箱あるはずだから持ってきて。」

後ろを振り向いて、馬車に視線を向ける。

馬車は木に馬の手綱を引っ掛ける形で止められていた。

急いで包帯を持ってきて兵士の手当てをする。

「応急処置なのですぐに近くの村に戻った方がいいですよ。」

「ですが、これを持っていかないと・・・。」

兵士が不安そうな声を上げながら、背中に背負った矢筒を取り出す。

「その矢筒は?」

「依頼所に来たソロの冒険者が忘れて行ったものです。今届けに行こうとしていたのですが、この怪我では・・・。」

兵士は包帯の巻かれた腕を見ながら悔しそうに呟く。

横を見ると、カエデが矢筒を見ながら考え込んでいる。

「あの、それ私たちが持っていきましょうか?」

カエデの口から、予想通りの言葉が飛び出した。

昔から人助けとかをよくしていたカエデだから、いうかもしれないとは思っていた。

「カエデ、俺たちは次の街に行く必要があるから・・・。」

「困った人は放って置けない。」

カエデが反論した時、すでに彼女の手に兵士から渡された矢筒がある。

俺は一言ため息をついて立ち上がる。

「俺たちの馬車があっちに止まってるのでそこに乗って詳しく聞かせてください。」

俺は兵士を立ち上がらせて、馬車へと連れていく。

荷車から降りてこようとしていたユリが俺たちを見て、タツヤと共に馬を俺たちの方に誘導してきた。

「その人大丈夫か?」

「怪我をしているからすぐに運びたいんだけど、カエデがその前に矢筒を届けに行くって。」

俺の説明を聞いたタツヤがめんどくさそうな表情をしている。

それに関しては申し訳ないと手を合わせながら兵士を荷車に乗せる。

「それで、この忘れ物した人って今どこにいるんですか?」

「この矢筒の持ち主、レイスケさんは森の中の沼地にいるモンスターを倒しに行くと言っております。」

兵士の返事を聞いた俺とタツヤは顔を見合わせる。

何かを察したカエデとユリも顔を見合わせている。

「あの、みなさんお知り合いなのですか?」

サイアが不思議そうな表情でカエデに尋ねている。

須賀礼亮、1組のクラスの生徒。

一言で説明するなら、典型的なオタクだ。

彼の家に行った奴によると、部屋の棚はアニメなどの美少女フィギュアで埋まっているらしい。

「ショウ、どう説明すればいい?」

カエデが頭を抱えながら聞いてくる。

「俺たちと仲のいいやつだ。」

タツヤが一言でその場を収めて、馬の手綱を引っ張る。

6人を乗せた馬車は道を外れて、沼地があるという森の方へ向かっていく。

数分足らずで森が目の前まで迫ってきた。

「そういえばタツヤ、馬車の止め方わかった?」

「さっきは木にぶつけて止めたからもう一度そうする。」

タツヤの爆弾発言を聞いたカエデとユリが騒ぎ出す。

「またその止め方するの!?」

「そんなこと何回もしたら馬車が持たないでしょ!」

カエデとユリがなんとかしようと、タツヤの手から手綱を取ろうとする。

俺はサイアを抱えて荷車の縁に掴まり、衝撃に備える。

「手綱を後ろへ引っ張れば馬は足を止めます・・・。」

兵士が顔を真っ青に染めながらタツヤにアドバイスをしている。

タツヤがのけぞる勢いで引っ張ると、馬たちの歩みが止まる。

荷車の中から急ブレーキの衝撃でタツヤが前方に投げ出される形で馬車から放り出された。

シートベルトの大切さを感じながら立ち上がる。

抱えていたサイアは俺の下敷きになったからか、目を回している。

「すまん、大丈夫か!?」

「大丈夫です・・・。お気になさらず・・・。」

サイアは立ちあがろうとしているが、足取りがおぼつかない。

兵士の方を見ると、頭を打ったのかグッタリとしていて動かない。

ユリが兵士の胸に手を置く。

数秒してユリが安堵の表情をして荷車のカバンから皮製の水筒を取り出す。

「サイアちゃんと兵士の人は私が看病しとく。カエデとショウと運転免許未修得者がその矢筒を届けに行ってきて。」

すぐさまカエデが矢筒を背負って縁から飛び降りる。

そのまま勢いよく走っていき見えなくなった。

「ユリ、2人を頼むぞ。」

俺はユリに頼んでから荷車から降りると、運転免許未修得者と言われて凹んでいるタツヤを抱えてカエデを追いかける。

森に入って数分で少し離れた距離でカエデの後ろ姿を見て安堵した。

突然、短い悲鳴と共に急激にカエデの背中が見えてきた。

腹部にカエデの頭が突っ込んできて、昼間に食べたパンを戻しそうになった。

「どうしたんだ?」

「ごめん!あいつの攻撃くらった!」

お腹を抑えながら森の道の先に指をさす。

指をさす方向にあったのは、兵士が言っていた沼地のようだ。

その沼から、少し盛り上がったところから、睨みつけるように真っ黒い2つの目が光る。

沼の泥から勢いよく何かが伸びてきた。

俺はタツヤを突き飛ばして、伸びてきたものを頭を下げてかわす。

伸びてきたものはそのまま後ろの木にめり込んだあと、すぐさま沼へと戻っていった。

沼が盛り上がり、襲ってきたものの姿が露わになった。

全体的にツルツルとした表面、かなり膨らんでいる腹部。

夏休みに田舎の祖父母の家に行った時に見た生き物。

起き上がったタツヤが冷や汗を垂らしながらつぶやいた。

「何・・・このカエル・・・?」

ズレ落ちる泥の中から出てきた巨大なカエルの目は、俺たち3人を捉えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る