ゆめ

@rizesss






今日も雨。

雪は降らず。


萎えた足を投げ捨て

結露した窓のカビに寄り添っている。

散らばった藁半紙に書きさした言葉と

読みさした私小説の中で

鬱金色の季節を瞼の裏に描きながら。


君、絵筆を取りて絵画と成すなら


僕、筆もて文つづり

夢うつつとあらわれては立ち消えし

芸術の裏に潜んだ、互いの生活をこそ

書き止めようと。



——僕の夢は、君の側に寄り添うことでした。

  他でもなく、ただ芸術をこそ介して。


詩歌に詠まれ、歌枕になった

眠れる潟の畔に産まれた僕たちは

恐ろしいほどにこまやかな情動と

生きながら死んでいるほどに美しい世界と

暗喩され秘匿された精神を生きていました。


生成りの君の生と、油の僕の生は

混じることなく

誰一人、僕としてさえ望むことなく

たまの祭りの席の上、

同じ空間に互いが居ることを不思議と感じながら

酒を酌み交わす付き合いとなりました。


僕の夢は、君の側に寄り添うことでした。

他でもなく、ただ芸術をこそ介して。


幼馴染みのよしみで肩に触れ

君の生活の幸せを祝うことを由とする。



油膜色の、僕の生活の拠点は都会の片隅へと移されて

「君の人生はムービースターもかくや」と

短いスカートの人に褒めそやされ、いい気になっています。

流行り歌に自分を重ねるほどの厚顔になり

原稿用紙の上に虎の夢を描いてみたり

それでいて肝を悪くするほど、うわばみに飲み食いし

ときおり降って沸いた恋の情に甘えるように

経済動物であることをやめては

部屋の隅で一切の食べ物を拒否してうずくまり、

薄汚れた狼のようになっては、灰色の街に放たれる。

さもしいことに、僕の人生はそのくりかえしです。



故郷の山の名前を書くと

誤魔化しがきかなくなる。


ロマンも情緒もなげうって

あの場所にあった白々しい青空や

目の奥を痛ませる

箱の中に閉じ込められたような

薄曇りの空を思い出さなければならない。


連続する、侘しく、貧相な気候の狭間で

視界狭窄の稚い感受性が

ひたむきな情熱を傾け、

詩の一葉のような木漏れ日を探したとて

見出したとて、

長くは留まらずにゆめまぼろしと散る。


魂は幽玄の谷、奇形樹のさばる山に彷徨い

海鳥が緑色の波の間に間に

朝も早くから餌を求め、ひらり/\と舞う

あの海岸線で、立ちすくむ。


触れる手のぬくもりのないこと

宛てが、宛てとなるものが、なにひとつないこと

おそれながら。おそれながら。



夢と現

ここがそのどちらであるのか僕は

見定めることができずにいるのです

じっと夜を待っているカナンの街も

泣きそめし憂い顔の細雨たつ故郷も

それぞれに内包している夢や夢

僕の中に染み渡っている君や夢

僕は、見定めることができずにいるのです

かなしがりながら。かなしがりながら。



銀幕の向こう、闇に浮かびあがるように

ひとに選ばれた、お仕着せの服を着て

ひとに指示された、決まった所作をもって

己の書いた脚本を、撫でるようになぞるように

僕は僕の、愛と言葉をばらまいては投げつけ


詩歌の奥底、悠久に匂いたつように

ひとに見初められた、美人なる景色のなか

芸術に嫁いでいった、艶やかなる人妻に恋をして

己の書いた小説を、撫でるようになぞるように

僕は僕の、夢と現を取り違えては錯綜し



投げ捨てた筆の上に雪が降るように

それでも書かずにいられずに

爪痕で藁半紙に文字を縫いつけるように

どこまでも逃げられず、逃げられずに

業のごとき追いかけてくる夢に

すがり、押しつぶされ、ひきずられ


ほうほうの体でたださいごには

雪解けの泥だまりで、桜が咲くことを祈るばかり

太陽と月がともにある宵を

淡雪が霧に変わる、青白い朝を、祈るばかり


君の絵筆が、たちあがらせた世界の輪郭を

今でもこうして、夢にみつつ

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