つぼみ

何一つうまくいかないこの人生に生きる理由をくれたのはあなたなのに。

私を生かせたのはあなたでしょ?責任取ってくれるよね―



春、私のおばあちゃんと妹の乗った車が交通事故に巻き込まれて私は妹を亡くした。

連絡があった大学病院にダッシュで向かった先にあったのは、白い布を被った妹の姿と、包帯だらけの身体でベッドにねむるおばあちゃんの姿だった。お母さんの姿はここには無い。きっと仕事が抜けられないのだろう。私の家は私が小学校に入学するのと同時に親が離婚した。もともと家族全員で作った思い出なんてないし、いつも仕事におぼれている。それでも私がこの家族が好きでいられたのは、妹の存在だ。

妹は私が小学校に入学した夏に生まれて、年の離れた妹はとてもかわいかった。毎日のように話しかけて、今かいまかとお姉ちゃんと呼んでくれる日を待っていた。それが理由だろうか、妹は話しはじめるのが早く、おしゃべりな性格になっていた。

私と妹がそれぞれ中学校、小学校へ入学したこの年は中学の通り道に小学校がある関係で毎日一緒に登校していた。ランドセル姿の妹がとてつもなくかわいくて、みんなに見せたくて、友達にたくさん自慢した。これから中学の制服姿だって何かスポーツを始めるかもしれない、そしたらユニホーム姿も見れる。妹の将来を楽しく想像していた矢先の事故で、私は今妹がなくなったという事実を信じられず動けなかった。

部屋から飛び出し何も考えずにひたすら走り、疲れて止まった場所はピンク色のじゅうたんの上に建つ木でできた丸いカフェ。私はそのカフェに向かって一直線に駆け出して中に入った。中には女性が二人いてこっちを見ていた。それが恥ずかしくなって角にあった席に座り顔を腕の中に埋めた。すると一人の店員さんがココアとスコーンを持ってきてくれて、ごゆっくりと一言。注文もしていないのに、私の好きなココアとスコーン。店員さんが戻ったことを確認してこっそりとココアとスコーンを食べる。甘いココアとさっぱりとしたスコーンの組み合わせは最高においしくて、あっという間に皿の中が空になった。また今度妹と行こうと考えたが、妹がもういないことに気づき実感した私は鼻の中がツンとして、メニュー表から代金を確認して机に置き席を外した。

川沿いをゆっくり歩きながら、妹のいないこの世界で生きる意味を探す私は、答えが見つからず夕焼けの空の色と同じオレンジ色の川の近くに座って考えることにした。

私が今までこの世界で生きてきた理由。それは妹の成長を一番近くで見守るため、妹がつらい時にそのつらさを半減できるように、楽しいことは一緒に楽しんで二倍にできるように私は生きてきた。私は、妹に私の人生を費やしてきた。

なのに、あなたがいなくなったら、、私はどうやって生きていけばいいの?

たくさん走って、考えていたら疲れて眠くなってきた。そろそろ帰ろうと思ったとき、足を滑らせて川に近づいていく私の身体に怖くて目をつぶった私は水にぬれることなく、温かいぬくもりを感じながら地上にいた。目を開けると、高校生くらいだろうかお姉さんが私のことを抱きながら「危なかったー!セーフだよね!」とまるで知り合いかのように優しく、力強く、嬉しそうに私にそう言った。

お姉さんにお礼を言ってから、家へ帰る私。考えて考えてたどり着いた答え。それは見つからなかった。私がこの世界でこれから過ごす意味。頭の中をいくら探しても見つからないその答えは、その答えを探すのと同時に私に新しい選択肢をくれる。

リセット。

すべてやり直す。死んで、生まれ変わってこの出来事をすべて忘れて、私は他人として生きる。

待っててよ笑実、お姉ちゃんがすぐに行くからね。



聞こえてきたのはいつか聞いた笑実の声、「大きくなったら私は女優になるわ。だから、私のマネージャーになってね」笑実は私に夢を与えてくれた。だからそれを果たさないと。私がこれからこの世界で生きる理由。たったひとつの理由。

私は笑実みたいなかわいい子を世界中に知らせたい。笑実と同じ夢を持つ子たちを輝かせたい。それが私の夢。家の押し入れにあるカメラを取り出して、中に入っているこれまでの写真のデータを消す。家に帰ってきたお母さんに夢を伝える。

「私、カメラマンになるためにこの世界で生きる」



それから6年後、大学受験を終えた私は、あの木でできたカフェに一か月に2回程度通うようになった。中学生のころは、おばあちゃんが事故の後遺症を負って長期入院していたこともあり、その時からこのカフェにはお世話になっている。ここのカフェのメニューは一通り食べた気がする。翠さんというこのカフェの店主と、結さんという私の3つ年上の二人でこのカフェをやっていた。結さんは病気をしていて、一回私の目の前で倒れたことがある。その日は確か、おばあちゃんが病院の階段から落ちて意識を失った時だ。その時私はひどいことを言った。いいなって。妹を亡くして約一年だったあの日、おばあちゃんももしかしたらと思って、心が不安定だったあの時私はまた死に心を寄せていた。もう終わらせたかった、カメラマンになるといっても働けるのは大人になってから。その時中学生だった私は、生きがいを感じることもできずに結さんにあこがれを持ってしまったのだ。死にたい、妹に会いたい。自殺が許されないのであれば、病気を理由に死ねるほうが良い。そんなことを思ったから、結さんに向かってあんなことを、。結さんに聞こえたかは分からない。翠さんと一緒に私も病院に向かう。謝らないといけないと思ったから。お母さんは今日は帰ってこない。だから、時間が許す限り結さんのそばで目を覚ますのを待った。3時間ほどたってから結さんは目を覚ました。きっとお医者さんに知らせないといけないんだろうけど、お医者さんを呼ぶ前に私はごめんなさいと一言。そこから口が止まらなかった。

妹のこと、おばあちゃんのこと、将来のこと、生きなきゃいけない理由も全部結さんに話した。結さんは相槌を打ちながら話を聞いて私に言ってくれたんだ。私が生きる理由の二つ目を。これなら何年先でも悩むことなく生きられる気がする。

結さん、私にあの言葉を与えてくれてありがとね。


窓にうつる桜の木はつぼみを作り、来週ごろには咲きそうなそのつぼみは、小鳥によってむさぼられ、つぼみのまま私の視界から姿を消す。

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