第十八話

 忙しい日々が始まった。


 まだ結論を伝える勇気がないから、弟のロンには、ギリギリまで内緒にして欲しいとお願いし、表向き王都を楽しむ。

 観光をしたり、美味しいものを食べたり。

 ずっと、王子のレオナルド様があたしとロンに付き添ってくれた。


 あたしと違って頭が良く勉強が好きなロンのために、王城の図書館をいつでも使わせてくれる。ロンのために、山羊で作るバターやヨーグルトなどの乳製品を専門家を呼んでくれてロンに指導してくれる。

 そうやって、ロンが一人になる時間を増やし、あたしはその隙にこそこそと、勇者一行との打ち合わせや、旅支度を整えていく。


 一行の猛者達と手合わせも励む。さすが選ばれし英雄達。でも、勇者の力を得たあたしは、誰よりも強くなっていた。あの最初に王子と顔を合わせた場にいた大男、騎士団長のムーアさんよりも。見上げるほど大きくて、腕も太いムーアさんと力比べで勝ててしまった。


 勇者は強い。


 一行のみんなは、頼もしい。この数日で「カンナ」と、気軽に言ってもらえる仲になれた。筋肉達は、あたしの細い筋肉でも仲間意識を持つようだった。


「絶対に生きて連れて帰るからな!」

「傭兵の意地を見せてやる!」

「カンナは、か弱くは‥‥ないけど、女性を護るのは騎士の務めです!」

「おいっ!」

「「あはははは!」」


 あたしがいない間のロンの事も時間を掛けて決めた。

 王立学院、この国の最高の教育機関に編入をして貰えることになったのだ。しかも、ロンと同い年の王子の従兄弟の公爵令息ショーンくんのお屋敷にお世話になり、常に一緒にいてくれると言う。

 ロンに、王子がショーンくんを従兄弟だと紹介し、会わせてみたら、気が合うようで、あたしにはよくわからない頭の良い話をずっとしている。弟達の話の半分も理解できないあたしの頭が可愛そうである。


 そうして、迎えた出立前日の朝、ロンに打ち明ける日になった。


「ロン、ショーンくんと同じ王立学院に、勇者の特権でロンが編入できることになったのよ」


「え?!王立学院ってあの?!僕が?!ホントに?いいの??」


「うん。勇者の特権で、弟のロンを入れてもらえるの。でも、普通じゃ無理よ。ロンはあんな辺境で、まともに勉強できたのは、神殿で教えてもらった読み書きと簡単な計算だけでしょ。なのに、高度な本を読めるし、理解力もあるって。ロンの頭の良さを認めてくれたのよ。姉ちゃんも鼻が高いわ」


「すごい‥‥。夢見たい!しかもショーンもいるんでしょ?」


「そうよ、ショーンくんのお家にロンはお世話になることになったの。ショーンくんと一緒に学院に通えるのよ。ああ、山羊達は心配しないで。この前家に来ていた人達がちゃんと面倒見てくれるんですって。ロンは心配しないで勉強をたくさんして学院生活を楽しんで」


「‥‥‥。姉ちゃん、それって、もしかして‥‥‥」


「うん。ごめんね、ロン。姉ちゃんは、魔王と戦いに行く。ロンの安全な未来のためには、勇者であるあたしが魔王と戦わないと駄目なの。他の誰でもない。姉ちゃんしかできないことなの。でも安心して。勇者一行の人達と手合わせしたけど、あたしが一番強かったのよ。だから魔王に負けない。姉ちゃんは強いの。ちょっと行ってくるけど、ちゃんと戻って来るから―――」


 言い訳を並べ立ててどうにか説得しようとしているあたしに、ロンが飛びついてきた。


「っう‥‥‥姉ちゃん‥‥。わかってた。行かなきゃ駄目なんだって‥。ううっ‥‥。ホントは行かないで欲しい。でも、わかってるよ。わかってるんんだ‥‥‥」


「‥‥‥うん、ごめんね。でも‥‥‥ありがとう」


 その日は、赤ちゃん返りしたみたいに甘えたがりの泣き虫なロンと一日中離れずに過ごした。


 そして迎えた出立の日。

 ずらりと並ぶ勇者一行の輪の中に、王子が久しぶりに見る騎士服で立っていた。


「あれ、レオナルド様、今日は騎士服なんですね。王都では王子様って服だったのに」


「ははっ、王子様か。私も一緒に行くよ。カンナだけに背負わせない」


「え?」


「騎士団長のムーアには多少経験は劣るが、指揮官経験は十分あるからね。剣も魔法も得意だ。任せてくれ」


「はあああああ?!王子が危ないとこ行っちゃ駄目でしょ?!って、ムーアさんの代わりに来るってこと?なんで?!」


「だから、カンナだけに背負わせないためだと言っただろ。兄上は優秀だから私がいなくても大丈夫だし、私はずっと騎士団で生きてきた。婚約者もいないしな。適任だ」


「もうっ!馬鹿じゃないの?!」


 しばらく睨み合う。

 一国の王子が行っちゃ駄目でしょ。王子は自信がありそうだけど、あたしは王子の実力を知らない。王子に何かあったらどうするんだ。でも、理由が、あたしだけに背をわせないため‥‥‥。こんなふうに責任を取ろうと行動を起こすなんて、正直―――すごいと思った。あたしは、勇者だけど他人だ。王族から見たら民の一人でしかない。王子が態々行く必要なんてないのに、一緒に背負うと言ってくれる。

 こんな王族いるだろうか?


 いくら睨んでも怯まない。その透き通った青い瞳の決意は、揺るぎそうにない。


「わかった‥‥わよ。レオナルド様は、あたしが護るわ」


「おい、護ってもらうつもりはない。むしろ、姫を守るのは王子様の役目だろ」


「あたしは姫様じゃないし、勇者だし!」


「あはは、カンナと殿下は仲良いなー」

「カンナ姫ぇー守ってもらいなさい!王子様に!」

「カンナ姫かー。姫かぁー。お姫様ってもっとこう―――」


「もうっ!あんた達うるさあああい!それ以上からかうならぶちのめすわよっ!」


「姫が怒ったー」

「姫様こわーい」


 愉快な筋肉達のお陰で、涙は出たけど、笑顔で嘘をつけた。


「ロン、行ってくるね、ね」





 王子は‥‥‥―――強かった。

 一行の魔道士にも引けを取らない攻撃魔法に、剣の腕も騎士や傭兵、帝国の軍人にも負けてない。しかも、王国の騎士団の人に聞いたら、王子は頭もよろしいらしい‥‥‥。

 絵本の中の完璧王子様みたいで、とても悔しい‥‥‥。


「レオ、今日の討伐数はあたしが勝ああああつっ!うりゃああああああ!」


「姫には負けないさっ、おっと‥」


 長い旅路で、あたしもみんなも王子の事を「レオ」と呼ぶ。

 あの出立の一件から、あたしは、みんなにもレオにも「姫」と呼ばれている。あたしは「姫」なんて柄じゃない。平民の山羊飼いの―――勇者だ。抵抗したのだけれど、誰も言うことを聞いてくれないので諦めた。


 あたしとレオは、この長い旅路でたくさんの話をした。


「帝国や西の王国は、王位争いで殺伐としてるけど、うちの王国はそういった点では、王族の家族仲が良くてね、恵まれているんだ」


「そうなんだ。普通は良くないの?帝国とか、西の王国とか」


「そうだね、子育ては乳母や使用人任せみたいだし、王族の一夫多妻も認められているから、争いが絶えないみたいだ。うちは、王族だからといって、子育ては乳母任せにしないし、できるだけ家族が集まって過ごす。王に王妃は一人。子ができなくても王族の血筋は公爵家があるから、養子も常にいる。継承権も明確だ。私は兄がいるから、憧れていた騎士団にずっと身を置くことを許されたしね。ありがたいことだよ」


「へー。王族も大変なのね。自分の国の王族が平和そうでよかったわ」


「だろ?平和な理由はもう一つあるんだ」


「何?」


「貴族もそうだけど、王族も、やむを得ない理由がない限り、恋愛結婚を推奨している」


「ああ、恋愛じゃないのって政略ってやつでしょ?パン屋のカミラさんが読んだって言う恋愛小説の感想を散々聞かされた中に出てきたわ。お貴族様も大変ねって思ったもの」


「ははっ、姫は、恋愛小説は読まないのか?」


「うーん。読みたいとか読みたくないとかじゃなくて、あたしは読む時間がなかったのよ。親なしでロンがいたし、山羊もいるし。チーズも作らなきゃだったし。石垣のせいで魔獣を毎日狩らなきゃいけなかったしね」


「そっか‥‥」


「もうー、そんなしんみりしないでよ。本を読む時間はなかったけど、あたし、忙しいの好きよ。ロンの世話も楽しいし、山羊も好きだし。チーズは美味しいって村のみんなが褒めてくれたし。嫌なことがあったら魔獣に八つ当たりできたしね。毎日が忙しくて楽しかった‥‥の」


 レオと話してる内に、また思い出す。もう、戻らないかもしれない、戻せない日々を。

 あの忌々しい石垣を越えようとしてくる魔獣達を駆逐する日々さえもなんだか懐かしく思える。

 しんみりするなって言っておいて、あたしがしんみりしちゃいそうで、このままじゃ駄目だと気持ちを切り替える。


「っつ!それより、王子様の恋愛って大変そうね!そう言えば、婚約者いないんだっけ?お城でたくさん貴族のお嬢様見たけど、みんな綺麗ね!あたしなんかよりよっぽどお姫様よ。レオは選びたい放題なんじゃないの?」


「そんなことないよ、良くも悪くもあの子達は大人しい平和な世界のお姫様だ。それよりも私は―――」


 何かを言いかけたレオの声に被せて「姫ぇーレオぉー飯だぁー」という筋肉の太い声が聞こえてきた。

「はーい」と返事をして、レオに「それよりもレオが何?」と聞いたら「なんでもない。ご飯にしよう」と、言われた。話の続きが気になったけど、それよりもなんだか、レオの視線が少し困ったような感じがして、なんだか、いつもと違うな、と思った。



 魔境も、魔王城まであと半分くらいの所まで進んで来ると、古代の遺跡が増えてきた。

 はじまりの勇者の記憶が、古代の息吹に感化され、繰り返し遠い過去が重なって見えるようになる。大昔、ここで生きていた人の痕跡。

 ここで、習った知識にも、勇者達の記憶にも出てきて、あたしは初めて遭遇する、人型の魔物―――魔族。


 肉眼で見る魔族は、思った以上にだった。魔獣や魔物みたいに黒い霧上の何かを纏っているし、肌の色が青白く紫がかっていて、人とは違って見えるけど、顔もあり、手足もあり、動きはどうみても人でしかなく、口からは古代の言葉を話す。

 あたしは、人も含め、人型のものを斬ったことはない。


「こんなに‥‥人みたい‥なんて‥‥‥」


 だから、動揺した。躊躇した。

 魔族と、目が―――合ったのだ。


「っっつ!!!」


 魔族が振りかぶった手に持つ短剣で、肩を切られ、足で思い切り蹴り飛ばされた。

 そのまま吹っ飛ばされ、崩れた遺跡の石柱に背中からぶつかった。


「ぐっっ!」


 今までかすり傷程度でやってきたから、初めての大きな衝撃に息が止まり、石柱にぶつかった反動で頭から落ちたようで痛みが脳を揺らした。


「カンナっ!!!」


 レオの声が聞こえたところであたしは意識を失った。



 体がぽかぽかして、意識が覚醒する。聖職者が治療をしてくれたのだろう。痛みがない。なのに、なにか体が窮屈で目を開けると、目の前には青い瞳があった。


「‥‥レオ?」


「カンナっ‥‥よかった、よかった‥‥」


 あたしは、レオに抱き抱えられていた。ぎゅうぎゅうと抱きしめられ、間近にあるレオの青い目から涙が滲んでいるのを確認して、驚いた。


「レオ、レオってば、あたしは大丈夫よ。どうしたの?」


 ますます強く抱きしめるレオは「君を守れなくてごめん」と、そう言った。

「あたしが人型に油断したのよ。心配かけてごめんね」と言うと、レオは「もう二度と傷つけさせないから」と言い、あたしを胸に抱きしめながら、壊れ物を触るみたいにあたしの髪を撫でた。

 耳に当たるレオの心臓は、早い音を奏でている。

 いつも、近くで香っていたレオの心地よい香りが濃くて、力を抜いて体を預ける。

 父さんと母さんに抱きしめられた時と違う、ロンをぎゅっと抱きしめた時とも違う、初めての心地よさに、なんだか酔ってしまいそうだった。


 レオの心音が落ち着いて来たので、居心地の良いその胸を少し押す。

 手の力を緩めたレオから、上半身を起こして、足に力を入れてするりと立ち上がった。


「レオ、ありがとう」


 そう言って、手を伸ばしてレオを引き上げて立たせると、その力を利用したように、またレオがあたしを引き寄せ、腕の中に包み「俺は君なしじゃ生きられない」と囁く。


「え‥‥‥」


「こんなところで言う話じゃないけど―――」


 レオの腕越しに見えたのは、継続する戦闘風景。まだ、みんな戦っていた。あたしが気を失っていたのは数分程度のようだ。


「―――君が好きなんだ。カンナ」


 耳元に、レオの声が響いた。

 その言葉で、あたしの時が止まったようだった。


 何を言ってるの?

 レオが‥‥‥あたしのことを‥‥‥好き‥‥‥?


「レオ‥‥‥」


 瞬きをして、レオの顔を見上げてその青い瞳を見れば、そこには確かな‥‥‥熱がこももっている。空みたいに透き通った青色に、あたしを求める愛欲あいよくが、明確な意思を重ねていて、危険だと思った。


 あたしは、レオの想いには―――応えられない。


「な、何言ってるのよっ。レオってば‥‥。それより、まだ討伐途中よっ!先に行くわね!」


 無理して茶化して、力任せにレオの腕から逃れ、馬鹿みたいに笑顔であたしは聖剣を拾い共に駆ける。

 あたしは、なんて失礼な奴なんだろう。

 レオの想いを踏みにじり、誤魔化した。


 あたはしは、男の人を好きになったことがない。

 こうして、好意を向けられたこともない。

 恋愛ってよくわからないし、わからなくても困ることがなかった。


「はあああああああ!!」


 あたしは、人型の魔族に聖剣を斜めに切り込みその体を真っ二つにする。

 レオの好きは、恋愛の好きなの?


「じゃまあああああ!!」


 二つに割れた魔族の体を踏み越え襲ってくる足の早い獣形の魔獣が、間髪入れずにあたしに飛び掛かるから、その喉元に聖剣を突き刺す。

 王族と平民じゃ身分に差がありすぎじゃない!


「はああ!」


 捻るように聖剣を抜きながら、左から足元を狙って来ている小型の魔獣を下から跳ね上げるように切り裂く。

 普通の女の子じゃない血塗れのあたしのどこを好きになれるの?


「くらえっ!」


 何度も味わってきた肉を裂く不快な感覚が聖剣を伝って腕を撫でる。

 お姫様なら悲鳴をあげて気絶しちゃいそうな、ぐちゃりとぬめる臓物に慣れたあたしは、好きになってもらえるようなお姫様にはなれない。


「はあああああっ!!」


 跳躍して、大型の魔物の背中から脳天に聖剣をぶっ刺して、引き抜きざまに足で蹴りつけながら次の魔物に狙いを定める。

 どちみち、あたしは魔王を封印して命を落とすのだ。


 あたしに、未来なんて―――ない。




 その日からレオはあたしを「姫」とは呼ばなくなって、人が変わったようにあたしを求めた。

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