山羊飼いの勇者カンナ

第十五話

「はぁー?なんで予算が通らないのよっ!あんた、今度こそ領主様を説得するって言ったじゃない!!!」


「いや、だから、説得したんですって。だから、領主様も国に予算を申請したと言ってましたし‥‥‥」


「通ってないなら意味なかったんじゃない!申請したってホントなの?!嘘じゃないでしょうね?どうすんのよ!あんたがお金出してくれんの?ねえ?」


「ええええ。無理っ無理ですって。勘弁して下さい‥‥‥」


 カンナの家は、魔境に一番近い辺境で、山羊やぎを代々飼って、乳を絞り、チーズを作り売っている。

 三年前、傭兵への報酬をケチった領主のせいで、魔境にある“黒い地”と呼ばれる森から現れた大型の魔物に、石垣を壊されたのだ。壊された石垣に一番近いカンナの牧場の被害は甚大で、山羊が十三匹も殺された。

 黒い地との境目に沿って設置された石垣は、国が大昔に作らせたもので、辺境で生きる者たちの生死を預かるかなめだ。

 すぐに領主館に赴き、領主に直して欲しいと嘆願したが、未だに石垣は修復されず、だ。


「領主様にちゃんと伝えますから。今までどうにかなったんですから、もうしばらくは―――」


「はぁーー?どうにかなった、だ?どうにもならないから、仕方なくどうにかしてんのよっ!」


 村人達で、崩れた石を積み上げてみたりもしたが、すぐに崩れ落ち、今は、中途半端に積み上がった石で辛うじて穴を塞いでいる程度だ。


「次は、良い知らせを持ってきなさいよねっ!!」


 役人を睨みつけて、バタンと、扉を閉じる。


「姉ちゃん、もう少し優しくお願いしてもいいんじゃない?顔だけは良いんだから」


「馬鹿ね、優しくお願いなんてしたら、付け上がるだけよ。それに顔だけじゃないし。はあああ、そろそろ傭兵の交代時間だから行ってくるわね」


「うん、気を付けてね」


 三つ年下の弟に見送られ、カンナは、剣を握り締めて、崩れた石垣へ向かった。

 一日三回、傭兵が交代する時間帯がある。その時間帯は、守りが薄く、壊れた石垣から魔物や魔獣が侵入してくる可能性が高い。だから、三年前から止むに止まれず、カンナは両親の残してくれた牧場を守るために、魔物や魔獣を討伐しているのだ。


 体に身体強化の魔法をかけて、壊れて雑に積み上がった石の上を、トントンと、軽い足並みで踏み越える。早速、ザザっという、草木の揺れる音が黒い地から聞こえてくる。


「来たわね。今日はイライラしてるから容赦しないんだからっ!」


 一気に走り込み、森から抜け出してきた魔獣の首をスパンと狩る。

 カンナの剣は細く短い。一般的に子供が使う剣だが、カンナ自身が平均よりも小さく、手も小さいので大人の使う剣だと、まともに握れず、ずっとこの剣を使い続けている。

 七匹ほど小型の魔獣を討伐したところで、傭兵が走ってやってきた。


「カンナちゃん、今日も絶好調だね」


「来るのが遅い。こっちは無償なのよ!お金もらってるなら早く来なさいよ」


「これでも急いだんだよー。怒んないでよ、カンナちゃん」


「ふん。まあいいわ。後は頼んだから」


 今日は、この後、チーズを作らなければいけない。足早に小屋へ走る。


 カンナは、八年前に馬車の事故で両親を亡くしてから、弟のロンと二人で牧場を守ってきた。事故は、運が悪かったとしか言えず、両親が亡くなったのは悲しかったが、仕方ないと諦めることができた。だけど、石垣の件は諦められない。領主が傭兵のお金をケチらなければ石垣が崩れることもなかった、お金があれば直せるのに未だに直っていない。理不尽なのだ。こういう、どうにかなった、仕方なくないこと、がどうしても許せなかった。


 小屋で黙々とチーズを作っていると「カンナちゃーん」という呼び声が聞こえ「はーい」と答え、ササッと乾いた布で手を拭い、チーズを一塊持って小屋から出る。


「これ、お塩とお砂糖。あと、あの件、村長が声を掛けてくれてどうにかなりそうだって言ってたわよ」


「ホントに!よかったー!あ、これお礼のチーズです」


 前の勇者が、魔王を封印してから既に三十八年。いつ魔王が復活してもおかしくないのだが、少し前に傭兵から怖いことを聞いたのだ。どうやら、魔王が復活すると、魔獣や魔物が強くなり、黒の地から出てくる魔物が倍以上に増えるらしい。

 ただでさえ、石垣が脆いのに、魔王が復活したらこの辺境の村はあっという間に壊滅してしまう。

 国の騎士団と傭兵がすぐに派遣されてくるらしいが、それまで持つかどうか、今の状態ではかなり危険だ。なので、村長に村の男達に、いつでも石垣に駆けつけれるように連携を取れるようにして欲しいとお願いしたのだ。

 家が集まる村の中心から、牧場に近い石垣が一番脆い部分までそこそこ距離がある。

 常に備えて覚悟してもらわないと本当に不味そうなのだ。


 村の小さな商店に嫁いだサリーさんは、死んだ母さんの親友で、いつも牧場まで配達をしてくれて、弟と二人だけのカンナ達を気にかけてくれる。それに、お金に余裕がないので、サリーさんはチーズやミルクでの物々交換を許してくれている。本当に助かっていて、いつも感謝しかない。


「うちの旦那もちゃんとここに向かわせるからね。商人で剣なんて握ったこともない人だけど、石くらいは投げれるもの」


「ありがとう、サリーさん。でも無理させないでね」


「そうねぇ、家の旦那もカンナちゃんくらい強ければ良いんだけどねぇ」


「あはは。仕方無く剣を振ってるけど、いつの間にかあたしってば村で一番強いものね」


「ほんとねー。すごい才能だわ。傭兵団からも誘われているんでしょ?」


「うん。でもあたしはこの牧場とロンがいるから傭兵は無理よ」


 そう、カンナには剣の才能があった。

 三年前、石垣を突破し侵入してきた大型の魔物を倒したのは、若干十四才のカンナだった。

 大事な大事な山羊が悲鳴を上げているのを聞き、なぜか昔から我が家にあった子供用の剣を握り、無我夢中で飛び出した。山羊飼いには必須の身体強化魔法で、大人顔負けの素早い動き。魔物を翻弄し、傭兵でも躊躇する大型魔物をあっさりと討伐。駆けつけた傭兵も、仰天したほどだ。


 それまで、剣の心得なんてなかった。

 せいぜい、山羊の毛を刈るはさみくらいしか普段、刃物は使わない。剣なんて握ったこともなかったのに、剣を握る手はなぜかしっくり馴染み、十四才の少女は、村一番の剣の使い手になっていた。

 未だになぜかよくわからない。

 ロンに「姉ちゃんかっこいい!」と言われ、調子に乗り、殺らなきゃ殺られる環境に、止むに止まれず今に至る。


「あ、サリーさんいらっしゃい。配達ありがとう」


「ロンくんこんにちは。また研究?上手くいってるの?」


「うん、だいぶ味も良くなってきたんだ。売り物になりそうならサリーさんのお店に置いてね」


「もちろんよ」


 ロンは、あたしと違って頭が良い。

 半月に一度、町の領主館の図書館に通い、町の商人から知識を得て、山羊で油の代わりに使えるバターというものの作り方を調べ、研究している。牧場を繁栄させようと、あたしの代わりに頭を使っていろいろと考えてくれているとても出来た弟なのだ。

 あたしにもっとお金があれば、頭の良いロンを学校に通わせられたのに。頑張るロンを見ているといつもそう思ってしまい、甲斐性なしの姉で情けなく思う。


 それからしばらくしたある日、傭兵の交代時間に石垣を乗り越えて、魔獣を狩りに行くと、いつもは交代でいない傭兵が二人もいた。


「あら、珍しいわね。交代時間じゃないの?」


「ああ、カンナか。実はな、ここ数日魔獣の数が増えているみたいで、人数を増やしたんだ」


「そう言えば、昨日と一昨日は多かった気がするわ」


「カンナちゃんもそう感じるか。やっぱ、こりゃ兆候が現れたってことみたいだな」


「ああ」


「何のこと?」


「魔王の復活だ。魔物や魔獣が増えるのがその兆候だ」


「魔王‥‥‥」


 そうだ、魔王が復活すると、魔物や魔獣が増えて強くなると聞いていたんだ。


「多分、数日の内に、魔王復活のお触れが出ると思う。俺達も人数増やして警戒は怠らないが、カンナも出来る限り討伐の手助け頼むぞ」


「わかったわ。まだ二人共いるんでしょ?村長に男手を頼んであるの。ケムケムで知らせを出してくるわ!」


「カンナちゃん頼んだよ!」


 まだ昼間で天気もよく見通しも良い。こういう場合は、ケムケムでと、村長と合図を決めていた。

 枯れ枝を集め、火を着ける。火が大きくなったら、そこに、ケムケムの葉を入れる。すると、煙に赤い色がつき、もくもくと煙が増えて空に昇りだす。

 ケムケムの葉は、火に焚べると、赤い色の付いた煙を勢いよく吐く、この国で昔から使われている危険を知らせる便利な葉っぱで、国中どこにでも自生している。


 半刻くらいで、村長と村の男達が集まってきた。


「カンナ、魔王か?」


「そうみたい。傭兵の人達が、魔王復活の兆候があって、魔獣が増えてるって。あたしも一昨日から増えてるのを感じてるし、間違いないと思う」


「騎士団が来るまで持ちこたえさせないといけないな‥‥‥。おい、お前ら、前に伝えたとおりだ。一班は今日から牧場に泊まり込みだ」


「「おう!!!」」


 村の男衆を三つの班に分けている。今日から家の牧場に交代で泊まり込み、騎士団と追加の傭兵達が派遣されてくるまで、村の総力を上げて対応する手はずだ。


 その日から、目に見えて魔獣や魔物が増え、本当に魔物が強くなっていた。中型の魔物が大型の魔物くらいの強さがある。経験のあるあたしや傭兵たちは、それでもどうにかなるが、村の男達には負傷するものが日に日に増えてきていた。傭兵の増員はすぐに来てくれたが、騎士団の先発隊が着く頃には、なんでこんなに、と言うくらい、うじゃうじゃと魔物や魔獣が黒い地から湧き出てくるようになった。


「くっそ!斬っても斬っても減らないわねっ!」


「カンナちゃん、女の子なんだから言葉遣いー」


「はああ?人に文句付ける前に手を動かしなさいよ!」


 傭兵が増えても、騎士団が増えても、あたしが即戦力に変わりなく、起きてる間はずっと剣を振るっていた。どうやら、あたしの剣の腕は、騎士にも負けていないらしい。

 もちろん、牧場とロンと村を守るためだから、こうして討伐できる力があるあたしが参加するのは納得しているし、当然だと思う。だけど、傭兵も騎士も、この行為にお金が発生していると思うと、無償なあたしが損しているみたいで、理不尽な気がして腹がたった。


 お金があれば、国や領主に頼らずに石垣を直せる。

 お金があれば、ロンに好きな本も買ってやれる。

 お金があれば、頭の良いロンを学校に通わせられる。

 お金があれば―――。


 怒りを力に変え、八つ当たりのように魔獣や魔物を手当たり次第に切りまくった。


「うあああああ!金にならないなら牧場に近付くなああああああ!」


「ちょっ、カンナちゃん本音漏れすぎ‥‥」


「うるさあああああい!」


 スパン、と一番大型の魔物の国を勢いよく刎ね、次の魔物に狙いを定めた瞬間、あたしの剣が光った。


「な‥ん‥‥で?」


 女のあたしが、勇者に選ばれた。

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