第十四話

 魔王城の城下町に近付くにつれ、魔獣や魔物、魔族達の脅威度が上がった。

 ここまで、道中の八割の魔物達は、俺が魔法で押し潰していたが、ここからは、勇者一行の強さがどの程度か確かめるために、魔法は使わず、俺は剣のみ使うことにした。

 大国三国から集められた猛者達。連携も見事で、前衛と後衛が、自分たちの役割を難なくこなしている。

 魔王を討伐した後、魔物達が消滅するのか弱体化するのかは、魔王を討伐したことがないからわからない。でも、一行の強さは本物だ。だから、俺抜きでも、魔王を討伐して俺が死んだ後、帰るのに支障はなさそうで安心した。


 俺は、ミュラー中佐に「魔族を掃討する。しばらく離れる」と言い、了解も聞かず、一番脅威に成り得る人型の魔族を中心に、古代魔法で索敵し、単独で狩りに行く。

 魔族は、魔物や魔獣よりも厄介だ。奴らには、明確な意志がある。意志と言っても、植え付けられた狂ったものではあるが。魔族の剣士よりも、魔族の魔道士は、古代魔法を使うので、確実に殲滅しておきたい。


「“我が王の邪魔をするものは許さない”」


 見つけた魔族の魔道士が、現代では理解できない言語で叫ぶ。

 はじまりの勇者の記憶を持つ俺だけに理解できる、今はもう誰も使わないいにしえの言語。


「“許さない?それはこっちの台詞だ”」


 俺は、古代言語で言い返し、即座に結界で首より下をきつく拘束し、聖剣で首を刎ねた。黒く悍ましい血飛沫が上がる。思った通り、攻撃魔法を放たれる前に拘束すれば、脅威ではない。それがわかれば簡単だ。今は失われし、空間移転の古代魔法で、特定していた魔族の座標へ次々移動し、不意打ちで拘束し、首を刎ねていく。蓄積された勇者達の記憶に感謝しかない。

 これで、俺の目的も達成しやすくなるだろう。

 思ったよりも数が多く、想定していたより多くの時間を費やしたが、城下町の魔族は無事に殲滅。

 一行の元へ戻ると、彼等も順調に進んだようで、ちょうど魔王城の城門前で合流することができた。


 レルゲン大佐と、ミュラー中佐を呼ぶ。


「魔王は、王の間から動かない。城内の全ての魔物達を討伐してから魔王に挑む。異論は認めない」


「ご命令とあらば従いましょう」

「畏まりました」


 ご命令とあらば、ね‥‥‥。レルゲン大佐は、納得できないのだろう。不承不承という感じだ。

 理由はわかる。過去、勇者達は、魔王城での戦闘は、魔王のいる王の間を敵を取りこぼしたとしても急いだのだ。なぜなら、理由は二つある。

 一つは、魔王のいる王の間へは、魔王以外の魔獣や魔物、魔族が理由は不明だが、立ち入れない、または、立ち入らないのだ。できるだけ力を温存しつつ魔王に挑むのであれば、王の間へ急ぐに限るのである。二つ目は、魔王さえ封印すれば、魔獣や魔物、魔族が弱体化するからだ。

 だから、俺の効率の悪い申し出に難色を示したのだ。


 でも、ミュラー中佐は、不満のなさそうな表情で、ただ、命令を受け入れていた。

 帝国を旅立ち、しばらくは、いろいろと言ってはきたが、なぜか途中からは、俺に全面的に従い、それどころか、納得のいかない他の一行をたしなめてもいた。俺が昔は懐いていたからだろうか?いや、懐いていたからこそ、途中から裏切るように、横暴な態度で接したりして、その分かなり辛い思いをしたはずだ。それに、こんな俺に味方するように他の一行を嗜めることで、彼の立場はあまり良くない。


「中佐は、勇者に取り入って魔王封印後は取り立ててもらう約束でもしているのか?!」

「俺は傭兵だから基本は金で雇われ仕事をする。だがな、俺にも信念があるんだ。だから勇者一行に加わった。なのに、勇者があれだぞ。中佐も夜会で見ただろう?なのに何で肩を持つんだ?!」


 ミュラー中佐は、事あるごとに他の一行から責められていた。その度に「殿下に従って下さい。魔王の封印は勇者にしかできません。殿下は勇者です。殿下のお陰で歴代のどの勇者よりも順調にここまでこれているではないですか」と、絶対に俺を責めたりしなかった。

 全て俺のせいだ。

 なぜ中佐は、ここまで味方してくれるのだろう?軍人故に、任務に、命令に忠実だからか?一時は師と仰いでいたから、弟子として最後まで面倒をみようと?

 父と兄以外に、俺が兄を支えたいという事を、側近のキースにも言わなかったが、ミュラー中佐だけには話してしまったことがある。本当は話すべきじゃなかったが、若き英雄と言われたミュラー中佐に憧れていたから構ってほしくて、兄上の素晴らしさを誰かに知って欲しくて。話を聞いてくれるミュラー中佐に甘えていた時期があった。それが原因だろうか?でも、その当時の素直だった俺は、とっくに消していて、ミュラー中佐にも散々な態度だったんだ。それを思えば‥‥‥。やはり、帝国軍人として、忠義に厚いだけなのかもしれない。俺にはわからない。


 討伐は順調だった。

 途中、通称“安全地帯”と呼ばれる魔物達が寄り付かない場所で休憩もしっかりと取れた。ここは、昔から不思議がられてきた場所で、なぜ魔物達が寄り付かないのか謎とされている。だが、はじまりの勇者の記憶で学んだ古代魔法で解析すれば、理由は一目瞭然だった。かつての魔王城の所有者が、人以外が立ち入れないように高度な結界魔法を張っているからだ。どんな目的で人以外立ち入れないようにしたのかは不明だが、そのおかげで、歴代勇者一行は助けられている、もちろん俺達も。


 魔王城の隅々まで移動しながら魔物達を討伐した。

 最初は難色を示していた者たちが多かったが、一人の王国の騎士が、記録を取っていたようで、ここまで詳細な魔王城の間取りや内部構造は今まで資料がなかったから貴重な記録が取れた、と喜び、それならば‥‥と、その後は、文句を誰も言わず従ってくれた。

 本来なら、次の勇者達に役立つ情報だろうが、もう、次の勇者を出すつもりはない。俺が、この命を持って終わりにする。


 そうして、俺達、勇者以降は魔王に対峙した。


 帝国の臣民達には、見事に嫌われている。一行にも―――ミュラー中佐はわからないが―――盛大に嫌われ、大きな目的は果たせたと言えるだろう。

 ここから、最大の目的を果たす。


 魔王を封印ではなく、討伐するのだ。


 魔王は、本当に強かった。全く油断できない。でも、紡いできた勇者達の記憶と経験が、俺を勇者として導いてくれる。

 これから俺は死ぬ。兄の為に犠牲となった人生だと言うつもりはない。

 勇者として魔王を討伐するのも、人類平和どうこうよりも、正直、兄が皇帝となった帝国が平和であればと思うからだ。兄の為なら必死になれる。兄の為の人生が俺の幸せなのだ。


 魔王に聖剣を深く突き立てる。

 これが命を捧げる感覚なのか‥‥と、どこか冷静な自分と、兄の為に必死な自分に満足する自分。そして、深く強く共有した始まりの勇者の無念に報いたい自分。

 聖剣の眩い光とともに、消えていく命を絞り出すように身を任せ、目前の死を素直に受け入れた。


 なのに、なぜ―――


 すんでで、ピタリと命を捧げる感覚が止まった。

 生への未練なんて、これっぽっちもない。断言できるのに、俺は命を捧げきれなかった。

 命は、七日ほど残っていた。


 俺は呆然と立ち尽くしていた。

 失敗したのだ。

 悔しくて悔しくて、どうにかなりそうだ。

 握り込む掌に食い込んだ爪で血が滲む。


 なぜ失敗したのか?

 七日も命を残してしまった‥‥‥。

 俺にどんな心残りがあったのか自分でも全くわからなかった。


「殿下!殿下!大丈夫ですか?殿下っ!」


 ミュラー中佐に肩を揺さぶられ、正気に戻る。

 気を落としている場合ではない。

 兄が皇帝になり帝国を治めている間分くらいの期間は魔王を封印できたのだから、悔しいが、失敗したのなら、次の策を実行せねばならない。


 俺は、古代魔法を行使する。


「殿下っ!!!」

「勇者?!」

「おい、どうなってんだ?」

「何が起きた?!」


 魔王封印に沸き立っていた一行は、俺の姿を見て慌てふためき出す。

 幻影魔法という、古代では子供騙しの魔法だったらしいが、現代にこんな魔法はないので誰も疑うことはない。


「俺は魔王に呪われたらしい」


 俺の体は、黒い霧上のもやを纏い、少しずつ露出している肌の部分―――手と顔に、黒いあざを徐々に広げていく。

 全員が目を見開き、おぞましいのだろう、一歩一歩と後退りしだした。


「呪い?!まさか?!そんな記録は今までなかったのにどうしてっ!!!」


 ミュラー中佐が、膝をついて、震えながら俺を見上げてそう言った。

 俺は、持っていた聖剣をカランと落とし、その腕を皆が見やすいように上げる。


「ほら、指先から腐ってきた」


 幻影魔法で、指先が黒く炭のように消える灰となって消失していく様を見せつける。


「ああああああああ!殿下ああああああああ!そんな、そんなっ!!!」


 ミュラー中佐が狂ったように、泣き喚き、拳を床に打ち付けた。

 彼がこんなふうになるなんて思ってもいなかった。俺の為に泣くなんて‥‥‥。


「安心しろ。魔王は確かに封印された。そこに変わりはない」


 静まり、中佐の声だけが響く王の間で、俺はゆっくりと一行を見回しながらいつもより大きな声で伝える。


「「‥‥‥」」


 それから、俺はじわじわと幻影魔法で俺の体を崩し、崩し切ると、最後に移転魔法でその場から姿を消した。

 

 こんな演出をしたのは、俺が生きて帰らないと決めていたからだ。もし万が一、勇者を討伐しきれない場合、帰れないが必要だった。だから、わかりやすく一行の前で死んで見せる。其の為に、不自然だが自然に死ぬ必要があった。


 形見として、聖剣を残したので、誰かが持ち帰ってくれるだろう。

 残りの命は、七日間。

 限りある時間を有効に使いたい。


 それから、俺は、魔王封印と俺の死を証言してくれる勇者一行が無事に帰れるように、魔王城の周りや、帰り道となる道筋にいる魔物をとにかく狩りまくった。魔王の封印で弱体化しているので、楽なものだ。

 行きは、四ヶ月かかった。帰りはもっと早く帰れるだろう。


 そうして、七日目。

 真っ暗な夜空を見上げ、月を眺める。

 もうすぐ本当に命が尽きる。

 最後の最後に、欲が出てしまった。

 許される‥だろうか‥‥‥?


 俺は、兄の寝室へ移転した。


「兄上、兄上、起きて下さい」


「んっ‥‥‥、っ!!!」


「兄上、魔王は封印しました」


「ユーリ、ユーリなのか?!なぜここに?!魔王?封印?封印したのか?!」


「はい、無事に役目を終えました」


「ユーリ、ユーリっ!よくやってくれた、よくやってくれた」


 兄上は、俺を抱きしめながらくぐもった声で、よくやったと繰り返す。


「兄上、俺はどうやら魔王から呪いを受けたようでして、もう死ぬようです」


「どういうことだ?呪い?聞いたこともない。死ぬなんてそんな事を言うな、ユーリっ‥‥‥」


「お願いです。最後の願いです。誰にも知られずに俺を王家の墓の片隅でいいので埋めて下さい。眠るなら、いつか兄上も眠る王家の墓がいいのです。でも、父上にも知られずにお願いします。最後の願いです。どうか叶えて下さい」


 兄上の声を押し殺した泣き声が肩越しに体に響いた。


「兄上‥‥」


「―――‥‥わかっ、た」


 魔境で死ねば、そのうち魔物か魔獣に体は食い散らかされるだろう。

 それでもいいかと最初は思っていたが、欲が出た。

 死んだ後くらい、兄上の側にいたかったのだ。


 愛してほしかった母に、駒として扱われ、兄と兄の母であるきさきの悪口を毎日のように言い聞かされて、幼い俺は、毎日心が黒くドロリと染まっていくのが怖かった。黒いドロドロが湧く度に、自分じゃなくなりそうで怖くて仕方なかった。父上のことも愛していたが、母上達を黙らせずに放置していたから、どこか信じられずにいた。

 でも、欠かさず毎日のように「ユーリ大好きだよ」「ユーリは僕の自慢の弟だ」「ユーリは僕が守るからね」と兄上は、俺を見捨てずに信じてくれた。だから、信じ続けられた。ここまで生きてこれた。


 兄上のぬくもりに包まれて俺は満足して、最後の命を使い切る。




 勇者ユリウスは、魔王の呪いを受けて亡くなったと記録される唯一の勇者となった。横暴で冷徹な勇者。魔王を封印したにも関わらず、呪われたのは神の怒りを買ったからだと言う者は多かった。

 勇者史上、最も嫌われた勇者ユリウスは、その一方で、歴代三番目に長い期間魔王を封印した勇者としても名を残し、兄である皇帝ヨハネスの統治に安寧をもたらしたのだった。

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