第十二話

 さて、演者としての評価は如何ほどだろうか。

 継続して俺の役どころは、“冷徹な勇者”だが、そこに一文字を追加し“で冷徹な勇者”になろう。


 歴代の勇者一行は、魔王封印をするのに、行きは約十ヶ月。帰りは、魔王を封印することで、魔獣や魔物、魔族が弱体化するので、約半年だ。結構な期間がかかることになる。

 だが、俺の演出のせいで、帝国は大混乱だ。だから、早く幕引きする必要がある。

 俺は、汎ゆる方法を使って、この往復期間を短縮しなければならない。


 あの大混乱を引き起こした次の日、今日これから勇者一行は、魔王封印へ出立する。


 歴代の勇者は、十五歳から十七歳と基本若い。だから、総勢三十名の勇者一行を率いるような経験を持つ勇者は殆どいない。今回も、もちろん指揮官が用意されていて、我が帝国軍の大佐と中佐の二名が同行する。


 一人は、二十七歳の帝国軍の若き英雄ミュラー中佐。

 中性的な顔立ちで背は平均より少し高く、体は無駄な筋肉がなく見た目は軍人にしては細身だが、常人より身体強化の魔法操作が上手く身体の必要な箇所だけ肉体を強化することで、持久力が凄まじく剣技も一級。見た目も能力も俺より勇者らしい人だ。


 二人目は、三十三歳の帝国軍のレルゲン大佐。

 見た目は、大男の一言に尽きる。とにかく力が強く、彼の持つ大剣は、とにかく頑丈で重く、俺も一度素の状態で持たせてもらったが持ち上げられなかった。それを身体強化魔法なしで振り回せるのだから、人の分類から外れているんじゃないかといつも思ってしまう人だ。でも、甘いもの好きで部下思いな優しい人。


「レルゲン大佐、ミュラー中佐。話がある」


「殿下‥‥‥。お伺いします」


 レルゲン大佐が、痛ましいものを見る目で答える。その横で、ミュラー中佐は、苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「俺は、単独で急先鋒として扱え。それ以外は基本、お前達に従うが、俺が“”と言った場合は、必ずその命令を遂行しろ。必ずだ」


「‥‥わかりました」

「‥‥‥‥」


 二人共、心中はいろいろと複雑だろうが、昨晩の夜会で、あの金剛力レルゲン大佐でさえ、俺の重力魔法に屈したのだ。俺の態度も、やらかす横暴な皇子から、表情冷たく起伏のないさまに変化して、どう接していいかわからないのだろう。

 話は終わったと、背を向け、騎乗しようと向きを変える。


「殿下っ!何があったのです?!何があなたをそう変えたんだ!!!」


 ミュラー中佐の悲痛な、押し殺すような―――声を抑えた叫びが、背中に刺さる。

 彼は、軍事演習の際は、俺に指揮官の基礎を実践的に叩き込んでくれた軍関係者で一番近しい恩師だ。年々態度と口が悪くなる俺を、厳しくも暖かく、長い目で見ようとしてくれた人で、俺が勇者だからと一行に志願してくれた人。そんなミュラー中佐の声を、俺は一瞥することなく無視しなければならない。罪悪感いっぱいで吐きそうだ。


 淡々と出立の式典が進む。

 父である皇帝の力強い「魔王を封印せよ」と言う声が、抜けるような青空に溶ける。

 俺は、父や兄ヨハネスの方を見ているようで、とてもじゃないが見れない。空気に焦点を合わせ、霞む視界が、何があっても滲まぬように、いないと確信した神ではなく、いて欲しいと願った邪神に祈る。

 兄上は、どんな顔をしているのだろう。


「出立!」


 レルゲン大佐の勇ましい声で、俺にだけ片道しかない道を進んでいく。歓声と雄叫に混じり、側近キースの泣き叫ぶ声が聞こえた、気がした。

 馬を駆ける。駆ける。駆ける。

 死の森の前に陣取る帝国軍が近づく。常ならば、死の森から溢れ出す魔獣達の群れをどう突破するか、ここで帝国軍と作戦を打ち合わせるのだが、俺は馬上から最初の命令を出す。


「このまま突破する。だ」


「突破?!正気ですか?馬は乗り捨て、その算段も付けねばならないのに一行だけでどうするんです?」


 斜め右下で並走していたミュラー中佐が堪らず叫ぶ。


「命令だ」


「くそっ‥‥‥、立ち止まらずこのまま突破する!諸君、殿下に続け!!!」


 剣を抜き、振り上げながら軍人として職務を全うしてくれるミュラー中佐。大丈夫。俺は、間違えない。最善の結果を出し続ける。

 一行から、どうにでもなれ、的な投げやりな了解を「うおおおおおおおおおお!」という野太い声で受け、俺は魔法を放つ。広範囲重力魔法。上から下に、抗う暇も与えぬ、目に見えない甚大な力は、魔獣と魔物を見事に押し潰す。止まらぬ勢いのまま、潰れて溢れた大量の臓物を撒き散らすように踏みつけながら、俺達は進んだ。昨晩、身を持って体感させられたで潰された奴らの残骸に、ヒッと息を呑む声があちこちから重なった。

 森手前で、馬から飛び降りる。

 この時代にあるはずのない古代魔法で、索敵。探知した魔物達に個別に座標を割り当て、重力で押し潰す。道を開いた俺は、潰された肉の道を、一行を率いて走り抜ける。

 ぐちゃぐちゃぐちゃ。

 妙に音のない森に響く水っぽい音と、先の方で俺の魔法で潰される哀れで憎い魔物のゴギュっと鳴る骨が砕ける鈍い音が、足を動かす度に重なる。

 物言わぬ一行は、剣を振るうことも魔法を放つこともなく、一月かかる死の森を十日で進軍してみせた。


 倒す魔物や魔獣という障害物がいなくなったからだけではない。俺は、不寝番も不要としたのだ。


「見張りを置かず全員で寝る?そうおっしゃったんですか?」


 レルゲン大佐は、目を見開いて大きな体躯を硬直させた。


「この魔道具を使う。ここを押せば、これを中心にそこに群生している御伽草おとぎそうまでを半径として結界が展開する。だから不寝番は必要ない。預けるから使え」


「こんな魔道具どこで?!それよりそんな広範囲に結界など‥‥これは古代魔道具ですか?」


「命令だ」


「っ‥‥‥、賜りました」


 一行に説明をするレルゲン大佐に背を向け、俺は御伽草を眺める。この花がこんな死の森に咲いているとは‥‥‥。

 御伽草は、藍色の小さな花で、薬草にもなる貴重な花だ。植生に多くの謎を持つ花で、めったにお目にかかれない花でもある。それが、群生しているなんて。

 幼い頃に、保養地に行った時に、たまたま兄と見つけ「御伽草を見つけるとは、幸運だな。さすが私の息子だ」と、父に頭を撫でられたのを思い出す。

 あの頃は、こんな未来が待っているとは思わなかった。


 あの日、俺の中に一気に流れ込んできた勇者達の記憶や始末のつかない荒れ狂う感情。

 勇者としての受け継がれ叶うことのなかった使命を理解すると、千年以上に及ぶ勇者達の歩んだ歴史の中で、俺は気になる一人の勇者を見つけた。


 ―――はじまりの勇者


 彼のいた時代は、現代と比べられないほどの超魔法文明だった。神の奇跡を思わせるような現象を、卓越した魔法理論で人が体現しているのだ。

 驚きと、感動と畏怖。生まれて初めて体が奥底から―――震えた。

 失った叡智がこれ程のものとは。


 長い歴史の中で、勇者達は優れた剣士達だった。そう、剣士だった。但し―――はじまりの勇者を除いて。彼は、剣士でもありながら、優れた魔道士でもあったのだ。

 同じだと思った。剣士と魔道士の二面の性質を持つ勇者。

 彼の記憶を辿れば、神の御業であるかのような現象は、決して手の届かない掉棒打星とうぼうだせいではなく、手を伸ばせば届く。俺なら掴み取れる確信があった。

 だが、掴み取るには時間がなかった。時間が必要だった。


 魔王封印を起点として大国三国は協力関係にある。

 勇者誕生の知らせは、即座に三国に伝達され、有事に備え予め指名されている勇者一行となる強者達が、勇者誕生国に集い魔王封印に出立するのは、約半月が通例だ。

 俺は、その通例を無理やり破ることにした。理由も言わず『魔王封印には必ず向かう。それまで一人にしてほしい』と、部屋ごと結界で断絶。通例の二倍、一月ひとつきの時間を強要した。


 そこからは必死だった。はじまりの勇者の記憶を貪る日々。

 俺に必要な魔法の修得、魔道具の作製。

 それが、俺が死ぬ為だけの―――軌跡。

 記憶を辿る旅路は、俺とはじまりの勇者の意識を融合するようで、俺なんて比較にならないような絶望と、狂気とさえ思える正義感と義務感に、自分を見失いそうになる恐怖の日々だった。

 俺が俺で在り続け、俺だけの目的の為に自己を保てたのは、単純に―――兄への信頼―――だとわかった時、より決意は堅くなった。



 魔王封印の旅路は、はじまりの勇者の―――諦めた、諦めたくなかった、奪い取られた、奪い返したかった、守れなかった、守りたかった―――死を辿る旅でもあった。

 そこかしこにある、古代の人々の生活の跡。勇者故に、一月の間、はじまりの勇者と共に在ったからこそ、その場その場で目を瞑れば、古代の人達の逞しく生き眩しい笑顔と、魔王によりそれが絶望へと変わっていく様子が瞼に映った。


 出立から四ヶ月。俺達、勇者一行の目前に魔王城がそびえ立っていた。

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